●『君の名は。』(新海誠)、すばらしかった。あえて不遜な言い方をすると、新海誠という作家がここまでできる人だとは思ってなかったので、たいへんに驚いた。本当にごめんなさい、ぼくが間違っていました、と。冒頭の、隕石が落下するカットを観た時点で、これは本当に傑作なのではないかと居住まいを正した。
(物語は、エリー・デューリング的な「グラッソ物語」みたいだと思った。)
(『秒速5センチメートル』の主題を、感傷で流すことなく、『星を追う子ども』のような挑戦的で粘り強い姿勢を貫いて語り切った、という感じか。)
今までの新海作品に感じていた、納得のいかなさ、乗れない感じは、この作品にはほぼなかった。新海作品ではじめて保留なしにすばらしいと言える。過度に感傷的なものをゴリ押しされたらいやだなあと思っていたのだけど、新海作品で最も感傷が抑制されていると感じられた。音楽で感傷を過剰に盛り上げる場面は度々あるのだけど、それなしでも成り立つようにきちんと作り込まれているから、あまり気にならない。感傷よりも世界の構造の方が重視されている。逆に言えば、ぼくが今まで感じていた「どうしても乗れない感じ」こそを新海誠という作家の重要なところだと思っていた人にとっては、納得できない作品なのかもしれないと、ちらっと思った。
世界の作り込み、エピソード、キャラのアクションや表情、演出、描写などがびっしりと詰め込まれ、精密に絡み合っていて、抜けてみえるところが全然ない(新海誠はこれまで、空間をつくったり展開したりするのは得意でも、その中でキャラのアクションをたてるのはそんなにうまくなかったと思うのだけど、アクションのつくりもとてもしっかりしていると思った)。まずは、そのような密度の充実に驚き、そして、たんに精密に作り込まれているというだけではなく、語りの運びの上手さにも驚かされた。ぼくは特に前半が好きなのだけど、入れ替わりが徐々に顕在化してゆく語りの運びが新鮮で面白かった。思春期の男女が入れ替わるという話は割とよくあるパターンで、お話だけをみてみれば新鮮味がないのだけど、それをこんなに面白く転がしてゆくことができるのか、と。
三葉の側の世界の描写が素晴らしくて、テッシーとサヤカというキャラが特にいいと思った。紋切り型のキャラを、紋切り型としての分かり易さを残しつつ、そこに魂を吹き込んでやるということが、広く支持される大衆的な作品をつくるために欠かせない事だと思うのだけど、『星を追う子ども』ではできてなかったそれを、この作品では見事にやってのけていると思う。
『星を追う子ども』を観た時、この作家は本当に努力の人なんだなあと思って感動したのだけど、それはつまり、すごく努力しているのが見えるけどそこまで上手くいってはいないということだったのだけど、この作品ではその努力が花開いた感じ。前作の『言の葉の庭』は、雰囲気系の、得意技だけで勝負する感じにみえるのだけど、それはまあ、作品の規模とかもあるのかなあ、と。、『君の名は。』では、あらゆる要素が格段にパワーアップしていた。相当がんばったのだろうなあ、と(物語よりも、そういうところで泣きそうになる)。充実した世界の作り込みと、そのなかで語りを生き生きと転がしてゆくこととが両立していた。なんというか、隙が無くなっただけでなく、各要素のパワーアップによって、新しい次元が開けていると思う。
瀧の方の世界の、バイト先のあこがれのお姉さんも面白い。三葉と入れ替わることで、お姉さんと仲良くなって、デートが実現するのだけど、仲良くなったのは三葉なので結局うまくいかなくてがっかりというところまでは、よくある展開だと思うけど、その後、瀧が三葉を探す旅行に、そのお姉さんがついて来てしまうという展開は、面白いし重要だと思った。これは、このお姉さんのキャラの厚みという点でも、作品の説得力という点でも重要で、これがあることで、ラスト近くの、お姉さんとの再会の場面の味わいが深くなるのだと思う。よく練られた作品だなあと思う。
性的な表現にけっこう踏み込んでいるのも今までになかった感じ。巫女の噛み酒の儀式を同級生に見られて落ち込む、とか、描写の仕方も含めてかなり生々しいし(ここを、きれいな描写で流したりしない点は重要だと思う)、それを瀧が飲んでしまうというのも生々しい(瀧は、巫女の噛み酒がどうやってつくられたのかを知らないのだろうけど、むしろ、「知らない」からこそ生々しい)。ぼくはこの場面で「ギャートルズ」のサル酒を思い出してしまったのだけど。
新海誠は「作家」なのだなあと強く感じた。例えば、すごく上手いアニメーターが監督をすると、それなりにクオリティの高い作品にはなるのだけど、それが必ずしも面白くなるとは限らない。あるいは、「ユーフォニアム」はすばらしい作品だけど、作家性というものはあまり感じられない(作家性があるとしたら、原作者の作家性なのかもしれないが)。それに対し、新海誠の作品は良くも悪くも作家の作品なのだと思う。『君の名は。』がすばらしいのは、たんにクオリティが高いということだけではなく、作家としての連続性を保ちつつ、一つ突き抜けて新しい場所に立ったということがあるのだと思う。