佐藤さとるが亡くなった。『だれも知らない小さな国』を読んで、しばらく本気でコロボックルを探していた時期がぼくにもありました。『赤んぼ大将』『ジュンと秘密の友だち』も好きだった。短篇集はけっこう大きくなってから講談社文庫で読んだ。『わんぱく天国』の聖地巡礼をしたい。
ディック・ブルーナも亡くなった。去年、「オランダのモダンデザイン リーフェルト/ブルーナ/ADO」展で観たブルーナの原画はすごくよかった。
ブルーナが、最初、線描の部分だけを描いて、その線描を透明なフィルムに焼き付けて、色面だけで描いた絵の上にフィルムを重ねるというやり方で絵本をつくっていたことを、この展覧会で知った。これは、様々な色の組み合わせのパターンを試すためなのだけど、それだけでなく、線と色彩が分離していて、後から重ねられるというのはけっこう重要なことだと思う。マティスのロザリオ礼拝堂で、白いタイルに描かれた線描の上に、ステンドグラスからの色彩が重なるのと同様に、同じ二次元であるのに、線と色との間でディメンションの違いがあり、それを重ねることも出来るけど、再び分離させることも出来る。それらはたまたま重なっているけどそれぞれ別の出来事なのだ、という感じ。
ブルーナについて直接的な言及はしていないけど、去年の10月21日の東京新聞の掲載された「オランダのモダンデザイン」についての美術評をここに掲載します。

フェルメールレンブラントが活躍した、オランダ絵画の黄金時代と言われる十七世紀、プロテスタントであるカルヴァン派の影響の強かったオランダでは教会に宗教画を飾ることが禁じられており、そのために画家は個人宅で受け入れられる小さな絵を多く描いた。宗教や歴史より風俗や風景を主題とする絵が多く描かれた。また、質の高い絵画が多量に制作されていたため低い価格で取引されたと考えられる。それは、多くの人の身近に絵画があったことを意味する。
そして二十世紀、中立国であったため第一次大戦の被害が少なく、経済的に豊かだったオランダで、終戦の前年に「デ・ステイル(様式)」という雑誌が、モンドリアンの新造形主義の理念のもと創刊された。水平、垂直、直線、三原色、非装飾性などを基本とし、客観的で普遍的な表現を目指す芸術運動の場となる。この運動には多様な分野のメンバーが参加したため、美術に限らず、建築やデザインも含めた潮流となり、その後のバウハウスに大きな影響を与える。
運動の影響が、いわゆる「芸術」に留まらず、生活のなかで日常的に触れる様々なデザインにまで浸透していったのは、多くの人が質の高い絵画と身近に触れていた、豊かな文化的伝統という下地があったからかもしれない。
本展では、「デ・ステイル」に参加したリートフェルト(家具・建築)、そこから影響を受けたブルーナ(グラフィックデザイン・絵本)、フェルズー(玩具)の制作物を通じて、モンドリアンによる先鋭的な理念が、オランダの文化や土着性と溶け合うことで生まれた、洗練されていながら、どこか温かみのある、独自の感覚を堪能できる。
これは、三人の芸術家の影響関係を示すというより、「暖かいモダニズム」とでも言える独自の感覚が、人々の生活のなかに受け容れられ、定着されたということを表すと考えられる。
絵本という二次元的なバーチャル世界、玩具やドールハウスというミニチュア的、三次元的バーチャル世界、そして、家具や住宅という我々を包み現実的な環境を形作るもの。それぞれの次元において、先鋭的な理念と、文化的な伝統、そして等身大の生活とが結びつくことで生じる共通した感覚が鳴っており、それらが響くのが感じられるだろう。