2019-06-20

●あくまで大雑把な話だが、たとえばマイケル・ジャクソンのダンスはキレキレでパキパキであるように見える。キレキレというのは、身体の動きの(音楽の)リズムに対する同期が完璧である感じで、パキパキとは、ダンスの、どの瞬間を切り取ってみても、常にシルエットが美しく決まっているという感じのことだと思う。常に美しい形をした状態が、リズムに同期しながら時間的に変移していく。

Michael Jackson - Smooth Criminal - Live Munich 1997- HD

https://www.youtube.com/watch?v=_E2r2vOlqvA

ビリージーンLIVE

https://www.youtube.com/watch?v=UlVIzCQfVfI

対して、SIRUPの「Synapse」を踊るKYOKO&KANUは、キレキレではあるけどパキパキではないように見える。キレキレであると同時にユラユラである、というのか。ここではシルエットの美しさとは違うものが問題にされていると感じられる。ある瞬間を切り取ったシルエットの変移というものでは捉えられない感じ。

SIRUP - Synapse (Dance Session)

https://www.youtube.com/watch?v=tPkPSXdECwM

おそらく、身体の部位によって、リズムと完璧に同期しているキレキレの部分と、リズムに対してルーズに流れているユラユラの部分とに分かれていて、それが同居しているから瞬間のシルエットに還元できないのではないか。マイケル・ジャクソンは身体の各部分をバラバラに動かしながら、その全てを同時に完璧にコントロールしていて、それによって身体全体として美しいプロポーションを常に保っていると思うのだが、KYOKO&KANUの場合は、リズムに対して同期している部分をコントロールしながらも、そうでない部分はリズムからルーズにずれていくのを許している感じ(そして、どの部分がリズムに同期して、どの部分がルーズになっているのかという配置も、時間のなかで推移し、ユラユラ動いている感じ)。

だから、瞬間で切り取っても、どこかが決まっていると同時にどこかがブレている。それによって、シルエットとしては捉えられない、常に流れのなかにあるような運動の感じがでてくるのではないか。それが一つの身体の動きのなかにグルーブのようなものを生じさせているように思う。

(衣装も、身体の線がタイトに出るようなものではなく、ルーズでシルエットが見えづらく、身体の動きに遅れてユラユラ揺れるようなものを着ている。)

それと同時に、二人で踊ることで、二人の動きの間にも同期とズレとが生じて、それによっても、瞬間に着地しないで常に流れているような浮遊感というか、空間的なグルーブとでも言えるようなものが生じているのではないか。