2020-06-23

●昨日からの続き。『ラディカル・マーケット』の第二章「ラディカル・デモクラシー」から。なぜ《公共財に影響を与える個人が支払うべき金額は、その人が持つ影響力の強さの度合いに比例するのではなく、その2乗に比例するべき》なのか。

《なぜそうなるのかを理解するために、具体的な例で考えていこう。発電種は低コストの電力を供給することで、町のすべての住民に便益を与えるが、汚染も排出する。発電所の便益は、住民が電力に支払う価格に十分に反映されているものの、汚染によって生じる損害は不確実である。(…)政府は規制を厳格にすることもできる。規制が厳格であればあるほど、汚染量は減るが、電気代は上がる。そうだとすると、人々が汚染のことをどれだけ気にしているかが問題になる。この問題に答えを出すために、政府は国民投票を実施して、どの水準までなら汚染を許容できるかを人々に問うことができる。》

《ところが、このアイデアは、多数者の専制を生むことになる。ほとんどの人は汚染のことをそれほど気にしないだろうから、こうした人々が国民投票で勝つが、少数者の中には汚染を非常に気にする人たちもいるはずである。この集団には、喘息の患者、高齢者など、健康状態に不安のある人や、自然愛好家、アウトドア派など、自然環境を大切に考えている人、クリーニングや香水製造など、悪臭を遮断する設備をつくる必要に迫られる可能性がある企業の所有者などか入るだろう。町の全員の全体的な幸福、あるいは幸福の総計を考えるのであれば、少数者の選好の強さが、多数者の選好の強さを上回っているかどうかを判断する方法が必要になる。国民投票は多数決の原則によっているので、その役割は果たせない。》

《では、町は国民投票は行わず、野心的な実験をすると想像してみよう。どうするかというと、汚染を追加的に1単位増やすたびにコストが何ドル発生するか(言い換えると、汚染が追加的に1単位増えるのを避けるためにいくらなら支払ってもいいか)、市民一人ひとりに申告してもらうのだ。大半の市民は、ほとんど気づかないようなわずかな汚染は我慢しようとするだろう。しかし、汚染が増えれば増えるほど、汚染が追加的に1単位増える危険は増していく。市民には申告書が渡され、汚染が増えるのを止める価値がどれだけあるかを1ppmから2ppmに増えるとき、2ppmから3ppmに増えるとき、3ppmから4ppmに増えるときというように、順番に記入していく。経済学者はこうした数値を「限界費用表」と呼んでいる。この表に基づいて、市は汚染の価格を測定する。それこそが、この汚染を生み出すことによって生産できる電力の市場価格(コスト差し引き後)である。そして政府はこの汚染の便益表と、すべての市民が負担する総費用を比較して、適切な基準を決める。最適な基準は、汚染の次の1単位がもたらす便益が、すべての市民が負担する総費用によってちょうど相殺される点になる。》

《図2・1は、こうした関係を汚染量(単位ppm)の関数として示したものである。右下がりの線は、汚染を生む経済活動の価値を示している。発電所の能力には限りがあり、町はそれほど大量の電力は必要としていないので、価値は逓減する。そのため、発電量が増えれば増えるほど、正味の価値は下がる。》

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《いちばん下の右下がりの線は、ある市民(名前をニルスとする)の限界費用を表している。ニルスはクリーニング店のオーナーなので、汚染から被る損害が不釣り合いに大きい。真ん中の右上がりの線は、ニルス以外の人の限界費用の総計である。いちばん上の右上がりの先は、すべての市民に発生する汚染の限界費用の総計であり、他の二つの右上がりの線を垂直方向で合計したものである。》

《ニルスが町に住んでいなかったら、汚染の最適量は右側の点線で示される点(点A)になる。ニルス以外の人に発生する費用と、汚染の便益が交差するところだ。しかし、一度ニルスが加わるとニルスが損害を受ける分だけ線の費用がわずかに上がり、最適水準は左の点線上の点(点B)まで下がる。》

《では、大気浄化基準が強化されてニルスの幸福が考慮されるようにするには、ニルスはいくら支払うべきなのだろう。ヴィックリー、クラーク、グローヴスによれば、ニルスは、自分が求めている汚染の現象が、町に住んでいる他の人たち(電力の最後の追加的な1単位がもたらす正味の便益を受けられない人たち)に課す費用を支払わなければいけない。この追加的にかかる費用は、汚染が点Bでなく点Aで発生していたら、つまり、(他の人たちにとって)その追加的な汚染が電力を1単位増やすために払う価値のある代償となる水準で発生していたら、他の人たちがどれだけの正味の価値を得られたかを表している。(…)こうした他の人たちがこの電力から得ていたであろう価値が電力生産の費用を超える分を、ニルスが支払わなければいけない。この量は、図にある影のついた三角形で与えられる。》

《三角形なので、全体の面積はBとAの長さの2乗に従って大きくなる。これがいわゆる「二次」の増加である。(…)この二次の増加をもっとよく理解するために、ニルスはクリーニング店を所有しているだけでなく、重い喘息も患っていてもニルスの被る損害は(各汚染量において)さきほどよりも二倍高かったと想像してほしい。ニルスがいるときといないときの2本の右上がりの線の差も2倍になる。すると、いうまでもなく、AとBの差が大きくなる(約2倍になったとしよう)。ところが、点Bでの垂直方向の高さも二倍になる。三角形の面積は底辺に高さをかけて2で割ったものなので、汚染の損害を2倍申請して、汚染の減少幅が2倍になると、ニルスが負担する費用は4倍になる。これを一般化すると、三角形の高さと底辺の両方が比例的に増えるため、個人が影響力を獲得するために支払う金額は二次のオーダーで増加するということになる。》

《(…)ニルスが負担する費用は線形的ではなく、二次関数的に増えなければいけない。》

●《個人が影響力を獲得するために支払う金額は二次のオーダーで増加する》という、この理屈、この「支払いのシステム」を「投票のシステム」へと変換すると、どうなるのか。二次の投票。

《日本では、銃規制や移民改革など、重要な問題について、ことあるごとに国民投票が行われているとする。市民一人ひとりに「ボイスクレジット」の予算が毎年与えられる。予算はその年の国民投票に使ってもいいし、ケンタロウのように将来使うために貯めておくこともできる。ボイスクレジットを票に転換するには、予算を使って、残高の範囲内で買いたいだけ票を買う。ただし、票を買うには、票数の2乗のボイスクレジットが必要になる。そこで、このシステムを「二次の投票(QV)」と呼ぶことにする。1票を買うには1ボイスクレジットを使う。以下、1ボイスクレジットを○1と表す(本文では「○」はフキダシのようなマークになっている)。○4だと2票(4の平方根)買えて、○9だと3票買える、という具合になる。平方根は「ラディカル」(「根」の別の言い方)とも呼ばれる。だから「ラディカル・デモクラシー」なのである。ラディカル・デモクラシーとは、ラディカル・マーケットの一種である。ただし、財が私的なものではなく、公共のものである点が違う。国民投票は、賛成票が反対票を上回る場合に承認される。》

《このシステムなら、選好の強さを投票に反映させられるようになる。現行のシステムには重大な欠陥があって、実質的には「イエス」か「ノー」か「どちらでもない」かの三つの選好しか示せないが、その問題が解消される。すると、二つの重要なことが可能になる。一つは、熱心な少数者が、無関心な多数者に投票で勝てることだ。これによって多数者の専制問題が解消する。そしてもう一つは、投票の結果は、ある小集団の幸福を別の小集団を犠牲にして最大化するのではなく、集団全体の幸福を最大化するものとなることである。》

《ある問題を最も強く気にしている人は、票をすべて買いたいと思うが、少ししか気にしていない人は1票も買いたいとは思わない。問題は、関心が高い人にとっては票の価格が安すぎるか、関心が低い人にとっては高すぎることだ。これを解決するには、すでにたくさん票を買っている人が次の1票を買うときの価格を、最初の1票を買う人よりも高くするといい。そうすれば、関心がほとんどない人でも少なくとも何票かは買おうと思うようになるだろうし、関心が強い人が票を買い占めないようにもできる。》

《ここで何よりも重要になるポイントは、各票数の総費用ではなく、次の1票を投じる限界費用が得票数に比例して増えることである。(…)投票の限界費用(厳密にいうと、これに1を足した値)は投票数と常に比例している。4票投じるときの限界費用(○7)は、2票投じるとき(○3)の2倍になり、8票投じるとき(○15)は4票投じるとき(○7)の2倍になる。》

《前に述べたように、多くの1人1票システムでは、2人の候補者のうちまだましなほうを選ばなければいけなくなることがあり、他の有力な候補が勝ったら大変なことになるという不安が循環して、全員が嫌っている候補が勝つ可能性が生まれる。》

《QVはなぜ、戦略投票が生み出す落とし穴にはまらないのだろう。自分の票を「死に票」にしないためには、2人の主要な候補のうち1人に投票するしかないという投票者の意識が、戦略投票の背後に働いていることを思い出してほしい。そこで、候補者を支持するためにも支持しないためにも票を投じることができて、複数の候補者に好きなだけ支持票(あるいは不支持票)を投じられるシステムを提案する。票の価値は二次関数的に変動するので、自分のクレジットを支持する候補者への投票と対立する候補者への不支持票に分けるほうが、支持する候補者だけにクレジットを使うよりもコストが安くすむ。すると、最悪のB候補が当選しないようにするためだけに最低のA候補を支持しようとしている投票者は、B候補に対する不支持をさらに強く表明したいと考えるようになる。こうした戦略投票は打ち消しあい、広く嫌われている2人の候補者は沈んでいくので、2人ほど嫌われていない候補者が浮上する。実際のところ、候補者が差し引きでプラスの票を獲得するには、他の大半の候補者よりも高く評価されていなければいけない。》

●(補遺) 『ラディカル・マーケット』は、VECTIONの議論のなかで西川アサキさんから教えてもらった。

https://vection.world/