2021-08-30

●『ペドロ・パラモ』には、三人称で書かれる「ペドロ・パラモが支配するコマラに生きる人々」の部分と、一人称で書かれる「幽霊たたちのさざめき」の部分があると言えるが、《天井の半分が落ちた》部屋に住む男女のパートは、そのどちらにも属さない特殊な部分だと思われる。この部分は、フアン視点の一人称で書かれていて(フアンが寝ている時の男女の会話が書かれていたりもするが)、「幽霊たち」のパートに属すると一応は言えるが、この男女が幽霊であるのかはいまひとつはっきりしないし、幽霊だとしても「ペドロ・パラモが支配するコマラ」に生きた他の幽霊たちとは異なって、ペドロのことを口にしない(過去を生きる人ではない)。さらにこの男女は、「このあたりは生者よりも幽霊の方が数が多く、自分たちは少数の生者である」ということを言う。

この男女は兄と妹であり(兄の名はドニスで妹には名前がない)、男女の関係にある。妹はそのことについて強い後悔と恥の意識をもち、その罪のために紫色の染みが顔中にできていると思いこんでいる(フアンには「ありふれた顔」に見える)。そのために妹は外に出ることはせず、一日中部屋のなかで暮らしている。兄は《野生の子牛》を捜すために日中は外に出る。妹は、フアンにコーヒーやトルティージャ・パン、乾肉を与え、それはフアンにとってコマラでの最初の食物だと思われる(コマラでの最初の接触者であるエドゥビヘスは、フアンに《寝る前に何か食べにおいで》と言うが、フアンが何かを食べている描写はない)。妹は、貧しい暮らしのなかで無理をしてフアンに食事を与え(姉に頼んで《母さんが生きていたころからとっておいたきれいなシーツ》を食べ物に替える)、兄のいない夜にフアンをベッドに誘う。そしておそらく、フアンはそのことが原因で死んで、コマラという土地に閉じこめられる。

だから、この兄と妹は、「ペドロが支配したコマラに生きた人々」の幽霊ではないとしても、生者とも言えず、生と死を媒介する中間的で抽象的な存在と言えるだろう。フアンは、この二人とかかわることで、生の世界から死の世界へと移行していく。《母さんが生きていたころからとっておいたきれいなシーツ》と交換した食物を口にし、罪のために幽閉されているとも言える妹と寝ることで、一線を越え、生者の世界に戻ることが許されなくなる。この、生から死への移行部分を通過し、フアンが死者(=幽霊たちの声の聞き手)としてコマラで新たに目覚める(生まれ直す)ところで小説はちょうど中間くらいになり、ここから後半、本格的にコマラの物語とスサナの苦しみが描かれることになる(スサナ視点の一人称は、小説の後半になってはじめてあらわれる)。

(ここで、妹にとっての「姉」や「母」は、当然、兄のドニスにとっても「姉」であり「母」であるはずなのに、あたかも、妹にとってだけ「姉」や「母」が存在するかのような書き方がされているところがおもしろい。妹にだけ名前がないことも含めて、この兄と妹との非対称性は、「妹」に他のどの登場人物とも異なる、存在としての独自の位置を与えているように思われる。)