⚫︎昨日の日記でリンクしたポリタスTVの動画で知った『50代で一足遅れてフェミニズムを知った私がひとりで安心して暮らしていくために考えた身近な政治のこと』(和田静香)を読んだ。半分は、もともとフェミニズムにどちらかというと抵抗があったという作者が、フェミニズムに出会ってどのように考え方が変わっていったのかを、自分の生涯を振り返って解釈し直すように生々しく語っていて、もう半分は、20年前から町議会でパリテ(男女同数)が達成され持続している大磯を訪ね、議会の人々や、街で出会った人々を取材しながら、パワハラもヤジもなく、性別も年齢やキャリアも関係なく、会派もなく、互いを尊重しつつそれぞれが積極的に発言し、しつこく丁寧に議論を重ねるような町議会が、どうして可能になったのかを探っていく、という本だった。作者自身の話と大磯の話が行ったり来たりして、大磯での取材も、人づてにアミダくじのように行き当たりばったりに進み、その一見錯綜したかのような記述によって、個々の話題がゆるく絡み合っているのを感じるという構成になっていると思う。一つ一つの事例を深く掘り下げるというより、バラバラにあるように見える様々な事柄が実はいろんなところで繋がっているということを示している本だと思う。
(大磯のことが知りたくて読んだのだが、別の半分も面白かった。)
面白かったのだが、ショックだったのは、公立である大磯中学で、86年に、スクール水着はぴっちりしていて恥ずかしいので、水泳の授業でトランクス型の水着を着たいという男子生徒の要望から始まって、それが発端となった教師と生徒との話し合いが、校則の撤廃、そして制服の撤廃にまで進展していくという話だった。その数年前くらいの時期に、距離的にもそんなに離れていないところでぼくも中学生だったのだが、田舎の保守そのものの風土の中で、教師など全員「敵」で「軽蔑の対象」でしかないという勢いでトゲトゲしてイキっていた中学時代だったわけで、しかしそこからせいぜい5、6キロくらいしか離れていないところで、まるで別世界のような環境があったというのだ。大磯中など自転車で行けばすぐのところなのに、全然違うじゃねえか、と。教室に毛筆で「らしく」という貼り紙があり、「男は男らしく、女は女らしく、学生は学生らしく」と書かれていて「なんだこの地獄は」と思っていたのに、こんなに近くでこんなに違うのか(お前もただ敵対するだけでなく何か「提案」でもすればよかったと言われるかもしれないが当時はそんな知恵も余裕もぼくにはなかったし、「提案」が通りそうな空気もなかった)。この事実を、十代の頃に知りたかった。
(とはいえ、中学一年生の一年間はぼくの生涯で最も幸福な一年であったというのも事実で、だがそれは、学校や教師たちの風土に激しく苛立っていたということとは別の話だ。)
本に書かれているのは、広い意味で「政治」的な運動に関わった、主に女性たちの(必ずしも直接的に繋がりがあるわけではない)歴史的な積み重ねのありようなのだけど、大磯には、それだけでは説明できないような独特の空気感、鷹揚さのオーラのようなものがあり、それは大磯にある高校に通うようになるとすぐに気づくくらいにある。
(この本は、民主主義には丁寧で執拗なコミュニケーションが大事だよねという話であり、それはその通りなのだろうが、コミュ障にはそれがちょっと辛いんだ、ということはちょっと言いたい。)
⚫︎追記。Googleの航空写真で見ると、この本に出てくる主な舞台のいくつかは、結構狭い範囲にギュッとある。市民運動の拠点と書かれている「カフェぶらっと」は、今は「はんすの台所」という居酒屋になっている。本には、《あそこはカフェだったのか。やっているようにみえなかった》と書かれている。ここは海に行く時にいつも前を通るのだが、なかなか味わい深い(廃屋のようにも見える)建物で、空き家なのか、店なのか、店としてもなんの店なのか、やっているのかやっていないのか、と、不思議に思っていた。週末以外は17時から営業の居酒屋らしく、だから前を通るときいつも閉まっていたのだと、今、ネットで調べて知った。
(写真の右上にあるのがJR大磯駅、一番下の西湘バイパスの先は照ヶ崎海岸。一番若い議員として本に登場する吉川議員の事務所も写真の中にある。)