2023/03/24

●ハーマン『Art and Objects』の第四章「The Canvas is the Messageは、まだ最初の方をチラッと読んだだけだが、なんとグリーンバーグについて書かれる章のようだ。第一章が、主に、カント、フッサール、ハイデカー、とOOOの関係(と隠喩)についてで、第二章が、カント判断力批判』、第三章がマイケル・フリードで、第四章がクレメント・グリンバーグ。2018年に出されたアートの本に、これらの名前が並ぶということは信じ難いことだ。だが、この、まるで「モダニズム美術入門」のような名前の並ぶ本が、ポスト・ポストモダニズムの「新しい理論」の本なのだ。

取り上げられる著述家の性質上当然なのだが、この本の三章、四章には、60年代、70年代(追記・50年代、60年代、ですね)にアツかったアメリカのアーティストの名前がいくつも挙げられている。紙の本はどうか分からないが、電子書籍のこの本には図版が一切ないのだけど、作家名だけでどんな作品かわかる人が読者でどれだけいるのだろうかと思ってしまう(どんな作品か分からないと、議論の理解に支障があると思われる)。ぼくにとっては有名作家ばかりだが、「モダニズムの美術」と「現在のアート」の間には、恐ろしいほどに深い深い亀裂が横たわっているので、この本は「アートの人」にとっても、とても読みにくい本になってしまっているのかもしれないと思った。

(モダニズムの美術の「文脈」を批判的に読み直す人は多いし、もちろんそれは必要なことなのだが、その「肯定的な側面」を受け継ぐ人、あるいは拾い出す人は、まったくいないわけではないとしても、なかなかいない。)

「アートの人」にとって読みにくいということは、「アートの人」にとって書きにくい、ということでもある。カント・グリーンバーグ・フリードという流れを、批判的にではなく、肯定的に、それも「新しいもの」として取り上げるということは、今のアートの空気ではおそらく「ほぼ無理」なことだと思われる(この本にも、発表でグリーンバーグの名を挙げるとしばしばブーイングを浴びると書かれていた、フリードは不思議に嫌われていないとも書かれているが)。それができるのはハーマンが哲学者であり、基本的に「アートの人」ではないからで(ぼくでさえ、グリーンバーグへの反感はわりと強めにある、フリードは好きだが)、でもだからこそ「アート」にとって貴重な本となっているのだと思われる。

以下、第四章からちょっとだけ引用(ChatGPT・訳)。

グリーンバーグの不運なことに、彼のキャリアは、彼が味気ない後退者として拒否したポストフォーマリストアーティストの台頭と重なっていました。そのため、彼はただ尊敬される古典的な存在であるだけでなく、若者たちの夢を踏みつけ、決して許されなかった無神経なおじさんのように見えるのです。

●それにしても、ChatGPTがあれば、今年の、今月に出た(数日前だ)『Objects Untimely: Object-Oriented Philosophy and Archaeology』(グレアム・ハーマン・クリストファー・ウィットモア)だって、日本の新刊と同じように、(電子書籍も出ているので)今すぐにでも読めてしまうのだ。語学が苦手(というか「嫌い」)で、ひたすら語学の学習から逃げ続けてきた人生で、こんなことがあるとは !!!!

(ChatGPTを「翻訳マシン」としてしか使わないというのは、宝の持ち腐れというか、驚くべきなのはそこではないでしょう、ということなのはわかっているのだが、ぼくにとって、外国語をスラスラ読めるようにしてくれるということは、まさに恩寵なのだ。)