2024/06/24

⚫︎『セザンヌの犬』に収録されている「ライオンは寝ている」の冒頭(といっても二段落目から、だが)の元ネタは、ヴァージニア・ウルフの「憑かれた家(A Haunted House)」という短編だ(『ヴァージニア・ウルフ短編集』西嶋憲・編訳 ちくま文庫、所収)。日本語に訳したものが文庫本で4ページという、ごく短い小説。読み比べればわかると思うが、(冒頭部分に限って、だが)ほぼ丸パクりといっても過言ではない。出発点にこの小説の「感じ」があって、これをどこまで転がして、展開させていけるのかというモチーフがあった。以下、並べてみる。

《わたしが夜中にベッドで目覚めるときにいつもどこかで戸が開く物音がする。音で目覚めるのではなくて目覚めると音がする。姉とあの男が二人でこっそり家のなかで何かを探しているのだ。真っ暗でも明かりは灯さずに。姉はその男のことを弟と呼ぶ。姉から弟と呼ばれる男はわたしには見えない。見えない男は姉の手を取って暗闇で姉を導く。わたしは息を潜めて気配を探る。親密そうな話し声が聞こえる気がする。しかし何を言っているかまでは聞き取れないし気のせいでないという確信もない。ただ、次々と戸が開かれては閉じられ、足音が移動するのが聞こえる。》(「ライオンは寝ている」)

《あなた方が起きたのが何時だったにせよ、その時、ドアが閉まる音が聞こえたはずだ。部屋から部屋へと二人は歩き回る。手をつないで、こちらで何か持ち上げ、あちらで戸を開け、確かめている――幽霊のような二人組の男と女。

「ここに置いたのよ」女が言った。男が応じる。「ああ、でもこっちにも」「二階にある」女が呟やく。「それに庭にも」男が囁く。「静かに」二人が言い交わす。「でないと家の者を起こしてしまう」

けれども私たちを起こしたのはあなた方ではない。そう、違うのだ。「二人は探している。二人はカーテンを寄せている」そう言い、さらに一ページか二ページ読み進める。「いま二人は見つけた」そして確信するだろう。余白の上に鉛筆を止めて。それから本を読むことに倦み、自分で確かめに行くかもしれない。》(「憑かれた家」)

⚫︎ウルフの短編では、「二人(あなた方)」と「私」は、分離していて(「違う時間」に属している)、しかし同じ空間(家)を共有している。とはいえ、「二人」と「私」とは隔たりつつも互いの気配を察知し合っているようだ。この「距離感(時空のありよう)」に強く惹かれた。「私」が現在、この家にいて、「二人」は歴史的な過去におり、すでに亡くなっている。この小説はとても美しくて、好きなのだが、「私」と「二人」との関係がかなりの程度で確定してしまっていることが、やや不満だった。ここで、「私」と「二人」の関係が不確定で流動的だったり、逆転したりすることがあってもいいのではないか。それが、『セザンヌの犬』に収録されている小説たちのモチーフの一つだ。

《だが、二人は客間でそれを見つけていた。二人の姿は見えなかった。窓ガラスに林檎が映った。そして薔薇も。薔薇の葉はすべて窓ガラスのなかで緑色に見える。客間で二人が動きまわると黄色い林檎だけがくるくると回った。だが、それから少し経ってドアが開けられると、床のうえに散らばっている、壁に掛かっている、天井から垂れさがっている――いったい何が ? 私の両手は空っぽだ。鶫(つぐみ)の影が絨毯のうえを横切る。もっとも深い沈黙の井戸から森鳩は音の粒を曳きあげる。「だいじょうぶ、だいじょうぶ、だいじょうぶ」家の鼓動が柔らかく脈打つ。「埋められた宝、部屋は…」鼓動が不意に止まる。そうだったのか、ああ、宝が埋まっている ? 》(「憑かれた家」)

《私がいつも求めていた光は窓ガラスの向こうでとても美しく、とても見事に燃え、それから冷えて地表に滲みわたっていく。窓ガラスは死だった。死は私たちの間にあった。まず女の訪を訪った。何百年も前に。家を過ぎった。窓をすべて塞いだ。部屋は闇に閉ざされた。男はそこを去る。北に行った。東に行った。南の空で星々に変化が生じるのが見えた。家を探した。ダウンズの丘の裾に見つけた。「だいじょうぶ、だいじょうぶ、だいじょうぶ」家の鼓動は喜ばしげに脈打つ。「あなたの宝物」》(「憑かれた家」)

↓古い本で、だいぶ汚い。