●アピチャッポンの短篇をYouTubeでいくつか観られるが(こんな形で観るのは本当に申し訳ないのだが)、「M Hotel」という11分程度の作品に強く惹かれた(「メコンホテル」という中編もあるらしいが、それとは異なる)。
タイトルからおそらくホテルの一室と思われる高層階の部屋の窓際に、窓を挟んで左右に若い二人の男性。映像は解像度が低く不鮮明。一方がカメラを持ちもう一方を撮影している。ちゃんとした撮影というより、ふざけ合ってやっているようだ(二人きりではなく「この映像」を撮っている第三者がいることを二人は意識しているようだ)。言葉を交わしてもいるが、じゃれ合うような親しげな調子が伝わるだけで、何を言っているのか分からない(異国語だからではなく、言葉が分かっても聞き取れないように音が加工されている)。背景にはずっと、水がたゆたう水際のような音が流れ、その音が支配的だ。
しばらくするとカメラは窓に寄って、窓の外、地上へと向けられる。かなりの高層階であることが確認できる。背景の水音は後退し、外の喧騒が支配的になる。フレームが室内に戻ると、今度は撮られている方の男性だけが映し出される。そしてまた水際(あるいは水中)の音。男性はいろいろとポーズを変えてみているようだ。何かを喋っているが聞き取れない。被写体の男性が窓の外へと注意を向けると、再びカメラが窓の外、地上を捉える。外の喧騒。
かなり遠く、階下の公園の脇を通る石畳の道に、不鮮明な影のような一人の人物がいるのが見える。ここで、その遠く不鮮明な人物が石畳を踏みしめて歩く足音が、ふいに、耳元で鳴っているかのようになまなましく近くに響く。その瞬間、遠近法がぐにゃっと歪み、不鮮明だが音以外は特に何も加工していない普通の映像が、異様なもののように見えてくる。この、遠近感がぐにゃっと歪む瞬間の、ああ、なんだこれ、という、ぞわっとくる感じ。
(ここで、靴音を事後的に加工しているのか、それとも、高い建物が近接する空間の構造が、音を異様に響かせているのかは分からない。)
カメラは、しばらくは遠い地上を捉えつづける。石畳の道を、人が行ったり来たりする(近い足音)。最初は、(距離感の混乱以外は)普通に聞こえていた外の音に、徐々に妙なエフェクトがかかりはじめ、なお一層、近くに感じられるようになり(というか、部屋のなかの音のトーンに近づき)、さらに遠近の歪みが大きくなる。基本的に、人の話し声が、言葉として聞こえないように加工されている。揺らぎが強調され、水のなかで話している声のようにも聞こえる。
そしてまた、フレームが部屋のなかに戻ってくる。水際の、あるいは水中の音。モデルになっていた男が窓際で横たわる。モデルになっていた方の男がカメラを持ち、手ではなく両足を使ってカメラを構え、もう一人の男や窓の外を撮影しようとしている(不安定な把持で、窓の外に落とさないか心配…、軽いサスペンス)。二人はしきりに話すが、水のなかで喋っているよう。しばらくすると、カメラは窓枠に置かれ、二人並んで外を眺める。水音はつづくが、そこにピアノの音が、ポン、ポンと混じり、音楽が流れはじめて、エンドクレジット。
映像としては、(途中で何度かジャンプするが)部屋のなかと窓の外を撮った、何の変哲もない長回しのカットでしかないが、音の操作だけで、夢のような異様な時空間に変質する。
(個人的な嗜好だと思うが、ぼくは「遠さ」の感覚がねじ曲がることに、とても強く惹かれる。)
(キャストの名前が3人分あるから、遠く不鮮明な「足音」の人物もキャストの一人なのだろう。)
(権利関係がクリアにされていないと思われるのでリンクは貼らない。「M Hotel」で検索してもおそらくヒットしない。)