●午後七時過ぎ、雨降り。二階にある喫茶店の窓から向かいの文房具屋の入り口が見下ろせる。その辺りのアスファルトの舗装が少し窪んでいて水たまりが出来ている。こちらから見ると、ちょうど自動販売機の光が水面に眩しく反射している。空から降って水面に衝突する雨粒が、細かい波紋を次々と矢継ぎ早に作りだして、それは広がって消える。消えるより早く、次の波紋がたつ。次、次、次次次次。厚いガラスに隔てられたこちら側には、雨の音は聞こえない。水たまりがふと目に入ってから、ずっと目が離せずそれを見ている。波紋だけでなく、水面から棘のように垂直に立つ跳ね上がりも見えるような気がする。ぼくの視力からすれば見えていないはずだけど、その鋭角的な形は雨粒の当たる水たまりのイメージのなかに既に含まれているかのようだ。水面が自分の肌であるかのように、細かい雨粒の連続的な衝突を感じている。だが、その触感と、見えている水たまりのイメージとは切り離されているようにも思われる。建物のなかにも、雨降りの日の湿った空気は入り込んでいる。しかし、見えている水たまりのイメージは、雨の日の湿気や寒さとは関係なく、むしろ金属的な感触としてある。自分が、ここに居るということと、自分に見えている水たまりのイメージの関係が分からなくなって、二つの事柄がバラバラにある。文房具屋の客が、入り口で傘をたたみ、軽く振って水を払った。揺れる傘の赤い色のおかげで、水たまりから目を逸らすことができた。
●夜中、寐ている時、外は激しく雨が降っていた。眠りながら、激しい雨音を意識しながら寐ている夢を見ていた。ただ、実際に寐ているのとはちがう部屋で眠っていた。大きな音がして夢のなかで目が覚めると、ガラス戸が破れ、外からの雨がアトリエに吹き込んでいた。急いで、水が当たらないようにアトリエのなかのものを移動した。目が覚めると、雨の音はもう静かになっていた。
●今、これを書いていて、また別の夢、どこかの孤島に友人の事業を手伝いにゆく夢、も見ていたことをぼんやりと遠くに思い出した。