今日はよく晴れてあたたかい。緑地を覆っていた木の葉のほとんどが落ちてしまったため、いつもは暗くて湿っている足元にまで、あかるい日が差している。それほどきつくない坂道を登り下りするだけで、汗ばむ程の陽気。そういえば一年くらい前にここで、多分誰かに捨てられたのだろうけど、妙にぶくぶくむくんだ、目の色が(背筋に寒気がはしるほど)気味悪く濁った、薄よごれた兔をみた。動きも変で、ぎこちなかった。兔がこっちを見て、目があってしまった。あの顔、ちょっと忘れられない。
緑地をぬけると、小高い丘の上で、視界がひらける。その視界いっぱいの広さで、今、工事が行われている。その騒音は、緑地のなかでもずっと聞こえつづけてていた。ひどく背の高いクレーンが、何台も何台も林立している。クレーンが吊っている、金属の建材がぶつかって、キーン、キーン、という音を響かせている。カヴァーのために張ってあるネットに日光が反射していて、それが風ではたはたと揺れる。
昔、ぼくが通っていた予備校のちかくにも、かなり大規模な高層ビルの建築現場があって、通いはじめた頃に始まった工事が、やっと大学に入った頃にはもう終わっていた。
背の高い建築現場の下を流れる薄暗い運河沿いの道を、毎日通った。黒ずんだ水に映る、工事現場。ゆれる水面。くさい水。地下道を抜けて、階段を昇ると、すぐ目の前ににそれがあった。その運河に沿ってしばらく(予備校を通り越して)歩いてゆくと、突然、その河は、地面の下へと消えてしまう。
作業服にヘルメットの男たち数人が、やたらとデカイ音をたてる機械で雑草を刈りはじめた。工事の騒音も消えてしまうほどの音。街路樹の影が、煉瓦敷きの地面におちている。地面の色がまぶしい。駅から、こちらへ向かってくる人たちを見下ろす、高い位置。自転車の人と擦れ違う。チェーンのまわるキリキリいう音。いつのまにか、機械の音は消えていた。
松本人志が昔飼っていた犬の名前は『ペル』というそうだ。ぼくが小さい頃飼っていた犬と同じ名前。ペルの死の記憶は、ぼくにとって生まれて初めての、他者の死の記憶。ほとんど記憶として残っていないのだけど。ヤギのチーズの臭いが、ペルの臭いだ、と松本人志が言っていた。ペルの臭い・・・・。
犬をつれた親子づれが、ここよりさらに高くなっているマンションの方から、ゆっくりと近づいてくる。白いニットを着たおとうさんと、二人の娘。一人はおとうさんにぴったりとくっついている。もう一人は、あーっ、とか、うあーっ、とか、奇声をあげて、犬と二人のまわりを走りまわっている。大きめの和犬(雑種?)。しばしば立ち止っては、どこからか空気が抜けてるような間抜けな鳴き声をあげる。
夜のニュースによると、飼っている犬に首を噛まれて死んだばあさんがいたらしい。