白日にさらされ、内蔵の暗さを思う

『白日にさらされ、内蔵の暗さを思う』(古井由吉)ような天気。
アトリエの家賃を払いに、大家さんの家へ、電車に揺られて。銀行振り込みではなく、直接支払いに行かなければならないから、面倒で、何ヶ月分かまとめて払っているので、大家さんの家に行くのは4ヶ月ぶり。以前は、家の前が空き地で、農家の人が段ボール箱に野菜を入れて並べ、青空市のようなものをよくやっていたのに、いつの間にか、その空き地は、お好み焼き屋に変わっていた。大家のおばあさんの話によると、まあまあ流行っているらしく、夜になるとかなり賑やかだという。
あの、ほら、なんて言うの、電気がさ、ぴかぴかして、眩しいくらいだわよ。
大家さんの家は古くて、玄関から入るというより、庭から縁側のある方へまわって、そこから、こんにちはーっ、と声をかける。家のなかは暗くて、外からなかの様子は分らない。こんにちはーっ、と再度声をかけると、人の動く気配がして、ああ、古谷くん、と声が聞こえ、ゆっくりとおばあさんがあらわれる。
なかへ通されて、お茶とお茶菓子。暗い部屋のなかから外を眺めると、眩しくて、庭の植木や鉢植えが、風でゆらゆらしている。赤い花。おばあさんは、古びたお菓子の箱に結ばれたヒモの結び目をといて、なかから帳面やらハンコやら朱肉やらを取り出す。おばさん最近すっかり馬鹿になっちゃって、なかなか計算できないのよ、と、いつもの決まり文句を言いながらソロバンをはじく。お金を払う。ほとんど毎回同じ世間話し、おばあさんが若い頃、銀座で働いていたことや、アパートに以前住んでいた人が、今、何をしているかという話、を聞き、お茶を飲む。
あなたの大学のねえ、前の学長さん、ええと、なんていったかしらねえ・・・
ああ、トヨグチさんですか。
そうそう、トヨグチさん、トヨグチさん、いやんなっちゃうわねえ、おばさん最近すっかり馬鹿になっちゃって、そのトヨグチさんのお母さんと、わたし一緒に働いてたことがあるのよ。
ああ、そうなんですか。
そうよ、わたしも全然知らなくって、手紙いただいてびっくりしちゃったわよ。ほら、これ・・・
と言って、手紙を取り出す。この話も毎回聞く。
ああ、ちょっと待っててね、と言って立ち上がろうとする。立ち上がるまでが大変なのよ、と言う通り、ちょっと危なっかしい。家の奥に消え、冷凍した肉マンを二つ持って来て、ぼくにくれた。