高橋源一郎の『日本文学盛衰史』

外に雨の気配を感じながら、一日中部屋に籠っていた。高橋源一郎日本文学盛衰史』の後半部分を読む。前半の感想(6月7日の日記)に付け加えるべきことはあまりない。と言うか、後半は全然面白くなかった。後の方へいけばいくほどボロボロになる感じ。(ボロボロと言うよりぐズルズルぐちゃぐちゃヘロヘロという感じか。)涙腺の緩くなったオヤジの酔っぱらってする青春談義。(オレたちの頃あなあ....。昔はなあ....。)あらゆるアプローチは、「感傷」と「郷愁」へとだらしなく雪崩れ込んでゆく。(つらい、悲しい、寂しい、苦しい、ぼくちゃんのこの気持ち分かってよ...。)高橋氏によっふ過去から呼び出された明治の文学者たちにしても、だんだん、サラリーマンとかが何故か自分を織田信長とか徳川家康とかになぞらえて語るのと変わりがないようにみえてくる。「大逆事件」を意識して書かれている章(後半では「WHO IS K?」)だけは、辛うじて最低限の緊張感を保っているように思えるけど、その「WHO IS K?」にしても、最終的には「漱石と啄木のすれ違い」みたいな「感傷的な」シーンに着地してしまうのだ。(漱石による「ぎこちないのだ」という緊張感の漲ったセリフは、結局、漱石と啄木の面会のシーンの「しんみりとした寂しさ」へ解消されてしまう。)こうしてみると、明治の文学者たちはたんに高橋氏の感情移入の対象でしかなく、この小説はハナから「歴史」に対する緊張感などとは無縁のものだったのではないかとさえ思えてしまう。「やみ夜」という章は、おそらく意図的に通俗的で紋切り型の青春小説の文体を用いて書かれているのだと思うのだが、この章などを読むと、「通俗的で紋切り型の青春小説」へのパロディーとしての距離感というものよりも、ああ、この人は本当はこんな風に書きたいのではないだろうか、という感じがとても強くしてしまうのだ。「ケツの穴がムズムズする」ような文章というのは、こういうもののことを言うのだろう。ちょっとだけ引用してみる。《その晩、ぼくたちは遅くまで話をした。北村さんと彼女の熱い言葉の応酬の余韻が残るなかで、ぼくたちは話を止めようとはしなかった。最初のうち敵意を剥き出しにしていたまんも、いつの間にか彼女と同じ意見を吐くようになっていた。ぼくたちはみな若く、そして一瞬も休まず変わりつづけていたのだ。(略)「朝よ」といったのは彼女だった。ぼくたちは海岸に繰り出した。ばら色に染まりはじめた海から生ぬるい風が吹いてきた。「泳ぎましょう」彼女はそういうなり、いきなり着ていたスリップドレスを脱ぎすてると、海に向かって走った。》ひえーっ、「青春」じゃん。ここまでやってしまえば、少なくともこの部分に関してだけは、決して「嫌い」ではないけど。笑えるし。最後の方は、かなりいい加減に流して読んだのだけど、それでも辛かった。「文学的な、あまりに文学的な」などは、考えられる限りで最低の、文学オヤジ的たわ言だと思う。ふん、それでもかわいいって言ってくれる人が沢山いるんだから、いいんだもん、という高橋氏の声が聞こえてくるような気もするのだが。