諏訪敦彦の『2/DUO』をビデオで

諏訪敦彦の『2/DUO』をビデオで。諏訪敦彦の映画はとても明解な図式によってつくられている。『2/DUO』も『M/OTHER』もどちらも、男女の、あくまでプライヴェートな関係に、ある「社会的なもの」が侵入してくることで、その関係が揺らぎ、破綻する様が描かれる。(まあ、もともとある男女の関係つまり「恋愛」が、外から与えられた「恋愛」という物語、つまり超越的な価値としての「恋愛」という物語なしにあり得るかどうかは難しいところだけど、とりあえずそれは置いておくとして。)その「社会的なもの」は、映画のなかでは「言葉」としてあらわれる。例えば、『M/OTHER』においてそれは「母親」という言葉である。『M/OTHER』の渡辺真起子は、最初戸惑いはしたものの子供とは良い関係をもつことが出来ている。だから彼女にとって問題なのは、実際にそこにいる子供ではないし、不在の母親でも男の身勝手さでもなく、彼女が受け入れざるを得ない社会的な「母親」という役割なのだ。彼女は「母親」という言葉との距離を測るべく揺れ動き、ついにはそれを受け入れることを拒否する。男との関係が破綻するのはその時である。『2/DUO』においては「結婚」という言葉がそれにあたる。お互いに対する不満や様々な不安定な要素をもちつつも、それなりに安定していた2人の関係は、男がふっと口にしてしまった「結婚」という言葉によってヒビが生じる。それなりに良い関係を構築していた男女の間に、否応なく侵入してくる「社会的なもの」。こんなに分り易いメロドラマ的な図式はないだろう。

このような明解な図式が遵守されるからこそ、映画は、前もって脚本もなく、行き先も不安定なままの状態での、俳優たちのインプロビゼーションによってつくりだされる微細なニュアンスに富んだ表情を拾い上げることができるのだろう。この映画の「リアル」さというのは、演技のいわゆる「自然さしさ」(例えば木村拓哉のような)によるものでは全くない。ここでの「演技」とは、どのようなテキストも与えられずにカメラの前に立たされて「演じる」ことを余儀なくされた身体の「緊張」によって成り立っていると言えるだろう。カメラを向けられ、スタートがかかったからには、俳優たちはそこで何かをし続けていなくてはならない。しかしそこには頼るべきテキストも段取りもない。そのような切羽詰まった状態に置かれた身体から、なんともリアルな動作が、表情が引き出されてくるのだ。そこには何の根拠もないままに「演じる」ことを強要された宙吊りの時間があり、その時間の緊張感に「演じ」つつ耐える俳優という身体があるのだ。ここにあるのはだから、現実の時間から明確に枠取りされ切り離された、カメラが回っている=演じている時間という抽象的な宙吊りの時間なのだ。例えばハーモニー・コリンの『ジュリアン』が、80時間以上もDVを廻していたという時、その撮影現場では、どこまでがカメラを回している時間でどこからが回っていないのか、どこまでが役を演じている時間でどこからがそうでないのか、が判然としない状態であった筈だと思うのだが、そのような現実の時間と撮影される=演じられる時間とが渾然一体となってしまうのとはまるで逆のことが行われているのだ。俳優たちは、カメラが回っている=緊張している時間というはっきりと現実から切り離された時間のなかで「演じて」いるのだ。これによって、「演じる身体」が物語の枠を超えて突出することはないものの、「演技」が物語を語ることに過不足なく従属するのでもない、微妙に何かが足りなくて、微妙に何かが過剰であるような、つまりそれこそが「リアル」だと感じられるような「抵抗感」が生ずるのだろう。

諏訪敦彦の映画はいつも明解であり、流れが混乱したり、未整理によって曖昧だったり難解だったりする部分が生じてしまうことがない。コンセプトははっきりしているし、その結果も高い達成を示している。ぼくが『2/DUO』で何より感心したのはそのメロドラマとしての完成度の高さだ。俳優(と言うより役の上での人物)へのインタビューやショットの途中の黒みなどが何度も挿入されて、これが語られた物語であり映画であることを常に意識させようとしているのだが、それでも物語のなかに思わず入り込んでしまうし、それこそ胸にグッときてしまうようにつくられている。(こっそりと紛れ込んでいるメロドラマ的な演出も実に的確だ。)これはかなり大したことだ。しかし、それが諏訪氏映画作家としての聡明さであると同時に限界であるようにも見えてしまうことがあるのも事実だ。これではあまりに「映画」の内部で全てがうまく処理されてしまい過ぎている、という感想も出てこざるを得ない。もっと上手くいかなくて、何かが壊れていた破れていたりして良いと思うし、事実そういう部分があるはずだと思うのだが、それが隠されてしまっているのではないだろうか。