ある日

晴れた空にひこうき雲が幾く筋もはしる。くっきりとしているものや、すこしバラけ気味のもの。パラパラと音をたてて飛んでゆくヘリコプター。ややくすんだ、不透明な感じのする水色の空を背景に、黄金色の葉っぱが、花火が散るように(重ならないで隙間をもって、勿論その隙間からは空の青がチラチラのぞいている)拡がっている。中心部から深い紅色に染まり、周縁部にわずかに黄色い部分を残している落ち葉が、道の上に散らばっている。されを踏む時の感触。小学校の校庭の隅にある、大きな銀杏の木のゴツゴツした幹に、その前を通るたびに掌で触れる。緑色の葉にも、どことなく黄土色が混じった感じがする。空き地に生えている雑草の、多くの面積をススキが占領している。乾いた草のにおい。

駅からアトリエまでの、歩いて約10分弱の間に目から(感覚から)入ってくる、これらのものたちの「豊かさ」を、ぼくは自分の作る作品から排除することが出来ない。と言うか、それによってしか作品を構想できない。確かにこれは「豊かさ」であるのだが、それと同時に「枷」でもあるようなものなのだ。しかしぼくの場合は、ともかくもここから出発するしかない訳だ。