●平坦な地面がずっとつづく土地にとってつけたように唐突に小さな山がこんもりとある。山の稜線のところにカラスが集まっている。空はまだ明るいが太陽はもう隠れている。群れに向かって遠くから、一羽、二羽、三羽と、さらにパラパラ集まってきて数が増してゆく。群れは空を背景にした黒の濃淡の分布が揺らぐようにして動いている。鳴き声がいくつも重なって揺れる。山に背を向けて強風の土手の道を歩いていたが、ごうごうと耳に当たる冷たい強風の音の隙間から聞こえるその声に気付いて振り返ってそれを見た。立ち止って、山の稜線のところを舞うように揺れながら停滞する群れの動きを見ていた。
しばらくすると群れの秩序が崩れ、まるでぼくが見ていることに気付いたかのように、カラスたちがばらけながらも次々と川に沿ってこちらの方へ向かって飛んできた。それは恐怖を感じるほどの数だ。群れはぼくの上空のかなり低い(近い)ところを次々に通り過ぎさらに上流にある橋の辺りまでゆくと、折り返して再びぼくの上をかすめるように飛んで山の稜線まで戻っていった。恐怖とともに、これだけの距離をこんなに早く自在に移動することの出来る「飛ぶ」という空間移動の合理性を、ぼくは感じていた。
戻ったカラスたちは、先ほどのような群れのパターンはつくらず、それぞれバラバラに旋回して、少しずつ山の木々の影へと消えていった。風はますます強くなり、どこからか、金属に縄のようなものがガシガシ打ち付けられる音が聞こえてくる(髪を切る前はいつも帽子をかぶっていたので、強風の時には帽子を手で押さえるしぐさが自然に惹起されるのだが、髪を切って帽子はなく、短髪で髪が乱れることもないので、その行為は待機されたままイメージに留まる)。土手の道はさえぎるものが何なくて、この強風で何かが飛ばされてきたら隠れる場所もないという恐怖を感じて、早足で歩きだした。