●午前6時ではまだ真夜中のように暗いのだが、ここから短い間に光の状態は刻々と変化する。まず、真っ暗だった空がすうっと脱色するように明るくなり(しかし今日は曇っているので青みは射さないグレーのままだ)、暗いなかでぽつぽつとオレンジ色に浮かび上がっていた街灯の光が空の明るさに負けて勢いを失う。そして、空の急速な変化の速度とはややズレながら地上も少しづつ明るさが増してくる。遠くの方、方角の異なる二カ所から、犬の遠吠えのような消防車のサイレンが同時にたちあがり、その二つの音がそれぞれぼくのいる場所を中心として大きな円を描くように動いて行くように感じられる。昨晩の雨で湿ったアスファルトに、坂を下る自転車のタイヤが触れ、チリチリと音をたてて微かに水しぶきをたてる。湿度で冷たさの少し緩んだ空気が顔に当たり、そこに湿った土と木の葉の青い匂いが混じっている。薄明るくはなってはきたが、鬱蒼と茂った木々の足元や伸びた雑草のあたりにまでは光は届いていない。まだ暗い木々の奥の方から猫の鳴き声が聞こえ、自転車を停めて声のする方を見るのだが、その姿は見つからない。
●昨日の日記の記述について、国立近代美術館は熊谷守一の作品をちゃんと持っているという指摘をメールでいただいた。(「半裸婦」(1904)、「松」(1925)、「鬼百合に揚羽蝶」(1956)、「畳の裸婦」(1964)等)それなりに大がかりな「日本近代絵画」の流れを紹介する展覧会だったからと言って、たった二回の展覧会に展示されなかっただけで、コレクションしていないのではないかなどと推測するのは、あまりに短絡的な考えでした。(メールをくれた方は、以前常設展示で「鬼百合に揚羽蝶」を観た憶えがあると書かれていました。)普通に考えれば、国立近代美術館が熊谷を持っていないはずはない訳です。「未完の世紀」ゃ「コレクションのあゆみ」に展示されなかったのは、どこに位置づけたらよいのかよく分からない存在だからなのでしょうか。
マノエル・デ・オリヴェイラの3本入りDVD-BOX(『アブラハム渓谷』『階段通りの人々』『世界の始まりへの旅』)をつい購入してしまう。(1本づつバラでも売っていて、とりあえず『アブラハム渓谷』だけにしとこうかとも思ったのだが...)やばいことに、来年1月には、フォーエヴァー・ゴダール4本セットなんかも出てしまうらしい。