●午後になると急に冷え込んで、晴れていた空もきたなく濁った雲に覆われる。空が雲で塞がれると、光源のはっきりしないうっすらとした光が蔓延し、光は薄まって、影になった部分の暗さは増すのに、建物や木々などはかえってぼうっとした光によって包まれて浮かび上がるようで、魚眼レンズでのぞいて真ん中が膨らんだみたいに歪んだ感じで迫ってくる感じだ。カサッ、カサッ、という乾燥した落ち葉を揺らす音があちこちの地面からたちあがり、小雨が落ちてきらしいと分かるのだが、掌を差し出しても、顔を空に向けてみても、落ちてくる雨粒は感じられない。何度か顔を挙げ、掌を差し出したりするうちに、カサササッ、カサササッ、という音は次々に分裂しては増殖するように拡がってゆき、ようやく肌が水滴に触れ、雨を確認出来た頃には、シャアアアアァーッ、という、一つ一つの粒音へと分割し難い連続した振動のような音に周囲を囲まれすっかり包み込まれることになる。辺りが薄暗くなったために点灯された街灯のオレンジ色の光は、いくら希薄になったとはいえ日の光に対しては圧倒的に劣位にあり、ただ自らのみすぼらしい暗さを示しているばかりで、雲に覆われた空のぼうっとしたグレーの輝きを引き立たせる役割に甘んじている。強くなってきた雨を避けて雨避けのある通りへと入り、軒を伝って雑木林全体を見下ろせる場所まで歩くと、林にある一本一本の木、一枚一枚の葉が雨粒を受け、それを跳ね返す音が幾重にも幾重にも重なり合って、林全体が震えているような、多量の炭酸水が発砲しているような、シュワワワワワワワァーッ、という音が発せられているのだった。雨はまだ強く降っているのだが、降り始めてしばらくすると濁っていた空は澄んできだして、ところどころでは青空さえ覗くのだった。