03/11/22

●ギャラリー千空間の堀由樹子・展について。

●(1)空間について。一階の展示スペースには『passage』と『quiet garden』という作品が並んで展示してある。この2点の作品のタイトルと並置には、堀由樹子という画家の現在の有り様がきわめて明快に示されていると思う。『passage』という作品は、ここ数年とても充実した仕事をしている堀氏の充実ぶりを示す完成度の高い作品と言えよう。この作品では2匹の猫が魅力的に描き込まれているのだが、それは猫そのものが描写されていると言うよりも、(タイトル通り)猫が庭を「通過する」という運動が描写されていると言うべきだろう。そしてここでは、やわらかい身体をもった猫の機敏でユーモラスな「通過」によって、猫に横切られた「庭」の空間があざやかに浮かび上がるのだ。なにものかの通過によって浮かび上がる空間、それは例えば、雲ひとつない晴れ渡った空を見上げてみても、そこにはただ茫洋とした青い拡がりがあるばかりなのだが、その視界一面の青い拡がりのなかに、ふいに一羽の鳥かあるいは飛行機などが横切ると、その横切るものとの対比によって空が空として明確に像を結び、冴え冴えとした深い青の空間が浮かびあがるのと同じで、確定されたものとしての「庭」という空間がまず先にあって、そこを猫が通過するわけではない。小鳥が通過する前の空が、空とは言えない青い茫洋とした拡がりでしかなかったのと同様、猫の通過する前の庭は、空間として立ち上がる以前のもの、捉えがたい潜在的空間とでもいうべき状態で、そこを通過する猫の運動によって庭の空間が生成され、その表情が決定されるのだ。ある空間のマトリックスとしてしか存在しない場所が、猫の通過によって焦点化されて立ち上がる。猫は空間と半ば一体化していながらも、あくまでそこを「通過」する運動そのものと化して庭の空間を活気づけ、しかもそこには留まらないだろうということも予感させる。猫が通過してしまえば、庭も消えてしまうだろう。対して、『quiet garden』という作品は、猫のいない庭、運動するもの、通過するもののない「庭」を、あるいは、猫が過ぎ去ってしまった後の「庭」を、どのようにして「見えるように」するかという試みであると言えるだろう。結論から先に行ってしまえば、そのような試みは充分には成功していないように思えた。堀氏は、猫(通過するもの)の不在を、マティスを思わせるような複数の異質な空間の共存として示そうとしているようにみえる。画面左側には、どちらかと言うと実体的に描かれた2本の木があり、それに対し右側には、木の影だと思われるもこもこした形態が暗めの色彩によって平面的に描かれている。左側の前後する2本の木によってつくり出される自然な奥行きと、右側の画面の上から下までを貫く影のような形態の部分の平面性とが、地面とも空間ともつかない両義的な場である背景の黄緑色を媒介として、齟齬をきたしつつも結びつけられている。さらに、右側の影のような部分の内部には、左側の実体的な木の描写に対して、線描的な描写による木の形態が描き込まれている。しかし、このような把握の仕方は間違っていて、もしかすると右側の影に見えた部分は、左側の2本の木より「前」にある大きな木である可能性もあることが、しばらくすると見えてくる。以上のような複数の異質な空間性の同一画面での共存は、ある程度成功していると思われるのだが、しかしその異質性とは実は、基本的に、立体と平面、実と虚、明と暗、という二元的な対立に留まっており、それ以上の複雑さは成立していない。つまり作品としてやや単調であるように思われる。それでも、堀氏の独自の色彩の感触や形態のユニークな把握力によって、ある程度は良い作品になっているとは思うが、しかしそれがかえって、空間の単調さを「見逃してしまう」ことに繋がってしまっているのではないだろうか。とはいえ、『quiet garden』のような作品(運動するもの=猫のいない作品)をつくる方向性と言うか、必然性は、それ以前の堀氏の作品を観れば充分に納得できる。このことは、ギャラリー寺下での3人展に展示された『the garden』という作品を観ればわかるだろう。この作品には通過する(運動する)猫ではなくて、佇む猫が描かれている。この猫の描写はきわめて魅力的ではあるのだが、しかしこの猫が「動き」をとめていることによって、「庭」の空間的な秩序が充分に安定せず、妙にざわざわと動き出しそうな気配があり、その不穏な気配が作品を破綻ギリギリのところにまで脅かしているようにみえる。猫が動きを止めることで、焦点化された庭の空間が揺らいでいる。この作品については、そのような破綻ギリギリの不穏さは、猫の描写の魅力によって力業で抑えつけられていると思う。だが、『the garden』に漲る危うい緊張感は、堀氏の作品にある変容を強いているようにもみえるのだ。だから『quiet garden』という作品は、充分に成功しているとは言えないとしても、自らの描いた『the garden』によってつきつけられた課題に対する、堀氏によるひとつの誠実な解答への試みであると言えるのではないだろうか。(今回の展覧会のパンフレットには、以前ギャラリー寺下で展示された『the garden』の写真も掲載されているので、観に行った人は『the garden』『passage』『quiet garden』の3点を見比べることができる。)

●ギャラリー千空間(渋谷区代々木1-26-1/TEL03-5350-8330)の堀由樹子・展は、03/11/21~04/01/27まで。