●電話で眠りを中断させられたことによって、頭に残った夢。そこは海が近くて風が強く、空気中にいつも目に見えない霧雨程度の小さな水滴が舞っている。(しかしそれは潮の匂いのほとんどない、さらっとした水滴だ。)濃淡の差はあっても、建物から一歩外へ出ればどこでも、その水滴が荒れた風とともに頬にあたるのを感じることになる。海岸からすぐのところにある駅のまわりは、まるで古代の遺跡のように、廃墟となった無人の(団地のような)建物が建ち並ぶ一帯があり、満ち潮の時間になると、そこへ海水が浸食してきて、高台になっているところや、建物の上部だけが水面から頭を出し、まるで貯水率の下がったダムの底から水没した村が出現したような風景になる。そんなさびれた地方の駅には不似合いな、新しくてやたらと立派な広い歩道が、水没しないように地面よりやや高いところにつくられている。その一本道は、駅からまっすぐに北へと伸びて小高い丘の方へと向かっている。駅から歩道を通って丘のふもとまでは歩いて約7、8分くらいで、(しかしその立派な歩道には人影はほとんどみられない)丘の上には、巨大な研究施設のようなものがあり、ぼくはその研究施設で、長いこと住み込みで働いている。もっともこの地域では、満ち潮になっても水没しないわずかな土地で、雑貨店やら飲食店やらを細々と営んでいる人たち以外は、ほとんどの人がこの施設と関わりを持ち、この施設内のどこかで生活していようだ。ぼくは、その施設ではかなり地位が高いとされている高齢の男性のお供で、どこかへ出かけるために駅へと向かっている。丘の上から一本道へと下る長い長い階段を、高齢の男性の横に並んで降りているところなのだ。空は重たく曇っていているが、見下ろす地上には白い光が広がっている。潮が満ちてくる時間で、廃墟となった建物が徐々に水に浸されてゆくのが見える。海水はやけに透明度が高く、(高い位置から見ると)水面の下の水没した部分の方が、水面から上に出ている部分よりもむしろくっきりと見えるくらいだ。ゆっくりとまだら状に水かさが増してくる廃墟の光景を眺めながら、ぼくはこの土地で暮らした決して短くはない歳月を感じている。満ちてきましたねえ、とぼくは高齢の男性に声をかけるのだが、男性は不機嫌そうに黙ったままで階段を淡々と下ってゆき、ぼくもその横を、半拍遅れくらいで下ってゆくのだった。