絵を描く

●ぼくは自分のことを「画家」だと思っている。このことは、もう四十歳にもなろうとしているのにまったくお金がなく、社会的にも(画家としても)認められていないし将来の見通しもなく、友達も少ないという典型的な「ダメな奴」なのにも関わらず、ほとんど、自分は将来どうなってしまうのだろうという不安に苛まれたり、自分はなんてダメな奴なんだと落ち込んだりすることなく、まあ、だいたいにおいてのんびりと気楽に生きてゆけていることに大きく貢献している。(いや、お金がないのは相当にきついし、こんなに「お気楽」で本当に大丈夫なのか、と不安になることはあるが。)つまり、「私」を安定的に走行させるための防衛(幻想)として、それは機能している。人類は、何万年も前から絵を描いているし、今も描いている。この事実(という幻想)は、とてつもなく強い。例えば、自分が偉大な国に属していることによって大きなものと繋がっていると感じているナショナリストなどよりもずっと強いだろう。だから画家は、ある意味でものすごく傲慢だ。
芸術が偉大だった時代が(おそらく)あった。そのような時代に「芸術家」が偉そうにしていられたのは、「芸術家」が偉かったからではなく、あくまで「芸術」が偉かったからだ。芸術家は芸術という権威に負うことで、自分が偉いと思いこむことが出来た。そこで、いや、偉いのは芸術であって、私(芸術家や批評家や観者)ではない、と言ったとしても、そのような偉大な芸術に殉じていることによって、卑小な「私」が救われるのだから、この構図はかわらない。それは、「私」が救われるために、あくまで「芸術」には偉大でありつづけていてもらわなければ「私が困る」ということだ。(私が芸術を愛するのではなく、あくまで「芸術に愛される」ようにつとめなければならない、というような言い方は、この構図を端的に示している。)
人類が何万年も前から絵を描き続けているという事実は、おそらく「美術史」よりも大きい。もはや芸術には充分な権威はなくなりつつあるようにみえる。それは例えば、「美学」が、「視覚文化論」や「表象文化論」へと書き換えられていきつつある事実が示しているだろう。美術史は、超越的なものを担保としない表象文化史へと書き換えられてしまうかもしれない。しかし、「たんに絵を描くこと」は、美術史に(勿論、「表象文化論」にも)回収、還元され切ってしまうことはないと思われる。もっとしぶとく、様々な場面へと拡散して生き残るだろう。面の上に、顔料を固めたもので線をひく時に感じる感触、あるいは、何かしらの色材で色を置く時に感じる感触、そして、そのひかれた線や置かれた色によって感覚が動いてゆく時の感触は、とても素朴で小さなことだが、とても強いものとしてある。それは、ボールを遠くに投げる時の運動の感覚(のよろこび)が、けっして「野球」という既成のスポーツ(ゲームの規則)に回収されてしまうことはない、ということと同じではないか。(人は何故、あんなにもキャッチボールが好きなのか?それはたんに「野球」がメジャーなスポーツとして浸透しているという理由だけによるとは思えない。キャッチボールには、人間が「ヒマを潰す=時間を過ごす」という時の、普遍的な何かが宿っているように思われる。)あるいはそれは、道を歩いていて、風景がかわり、足下の感触がかわり、匂いがかわり、空気の触感がかわることで、自分の感覚が動いてゆく、ということと同じようなことではないか。絵を描くことの普遍性は、芸術という概念によって保証される普遍性よりも、人が、川原でつい石を投げてしまうことや、天気の良い日にぶらっと遠回りしてしまうというようなことの「普遍性」と同じようなものに支えられるのではないだろうか。
それは「美」というよりもむしろ、何かを受けとめ、何かが「動く」という、些細で、捉え難い(フレームアップし難い)感覚だ。そして、だからこそ、それを捉えようとする時、非常に長い期間、安定的に存在しつづけている絵画(というより、たんに「絵」)というメディウム(に、頼ること)は、かなり有効なのではないかと思われる。それは、過去の膨大な参照可能な遺産があるということだけでなく、それが長くつづいて来たことには、何かしらの、それなりの必然性があると思われるからだ。つまりそれ(絵)が、ヒトという装置(生物、身体)の基本設定と、とても相性が良いものなのではないかということだ。(まあこれは、「画家」のあまりに手前勝手な感じ方なのかもしれないけど。)