08/01/16

●夢のなかでふいに爺さんに手を掴まれる。爺さんは座り込んでいる。わたしはもう間もなく死ぬから、それまでここにいてみとってほしい、と、爺さんは言う。まわりに人は大勢いるのに、何故自分なんだ、と思う。爺さんはぼくの左手を握って離す気配がない。仕方が無いと思い、覚悟を決め、わかりましたと答える。なるべくはやく済めばいいなあと思う。でもそれは、はやく死ねということなのだと思い直す。手間はとらせないと言う爺さんの口ぶりは既にかなり弱々しいものではある。
このまま静かに、ゆっくりと事切れるのだろうと思ってみていた。しかし爺さんはいきなりもだえ出す。実は死にたくない、助けてくれ、いや、わたしにかわってお前が死んでくれ、と訴えるかのように、はげしく喘ぎ、苦しんでいる。どこからこんな力がと思うほど強く、爺さんはぼくの左手を握り、ひっぱり、その爪がぼくの掌に食い込んでいる。ぼくは痛みを感じ、その力の強さへの恐怖を感じてうろたえる。一体何なんだ、抵抗しないではやく死ね、とさえ思う。しぶとく粘る、というよりも、最後の一線をなかなか越えられずに苦しんでいるかのようだ。爪はさらに強く、深く、掌に食い込み、鈍い痛みは腕から肩にまで伝ってゆく。
とうとう一線を越え、ふいに力が抜け、握っていた手がみるみる物質と化し、だらっと重くなる。それまでの力に対する恐怖とは別の恐さを感じ、恐怖にうろたえてしまったことにうしろめたさを感じ、その感じのなかにいるままで目覚めた。それは夢からこちらの世界へとそのまま持ち込まれた。
目が覚めてからも当分の間、左の掌に爪が食い込む痛みの感触が、ついちょっと前まで強く握られていたかのようななまなましさのまま、ずっと残った。