●とてつもなく恐ろしい夢を見て目が覚めた。これを書いている時点でもうかなり忘れてしまっているけど、目覚めた時には、かなり長いその夢の展開の道筋も、個々の場面の細部も、かなりくっきり憶えていて、その記憶の鮮明さもまた恐怖だった。あんなに恐ろしい夢を見て目覚めたのだから、目覚めたこの世界が眠る前とはすっかり変わってしまっているはずではないかとも感じられた。しばらく呆然としたまま何もできなかった。
でも今では、その恐怖の感触はまったく残っていない。どのくらい怖かったのか、もう想像することもできない。夢の恐怖を簡単に忘れてしまうから、普通に生きていられるのかもしれない。
夢の物語のあらすじを書くことはできるが、そのあらすじはありふれたもので、夢の恐怖をまるで伝えない。非常に恐ろしい出来事があり、また、その出来事には果てがない(無限に繰り返されて終わることがない)ということが恐ろしい。この恐怖は、主に痛みや暴力への生理的な恐怖だ。とにかく、その恐怖の場所から遠ざかろうとするのだが、どうしても上手くいかない。何度試みても恐怖の場へと引き戻される。しかしあまりに恐ろしいので、それでもなんとか遠ざかる努力をする。そしてようなく、ある程度遠くまで来たと思ったら、その場所でも同様の出来事が生じていた。この出来事は世界中に拡散してしまったようだ。もう逃げ場がない。そこでぼくは、山奥に入って石のような物質になり、無限に繰り返されるかのような恐怖が相殺して消えてしまうまでの長い長い時間、ここで一人でじっとしていようと思う。それはもうとんでもなく長い時間だ。この時間の長さがまた恐怖である。夢のなかでたった一人の長い時間が過ぎ、ようやくぼくは、一度消滅した世界から再び生まれて、人間とはまったく異なる別の物になった何かによって発見され、解凍されるのだ。