●「群像」六月号に載っていた、群像新人賞を受賞した小説(「後悔さきにたたず」野水陽介)がかなり面白い。で、受賞の言葉のページの写真をみてみたら、「ああ、こういう小説書きそう」という顔が映っていたのでさらに興味をもった。
最初、詳細な記述が冗長で鼻につくようにも感じられるのだが、それが次第に魅力的な、他にないような独自の調子だと感じられるようになってくる。周囲の状況から語り始められ、ゆっくりと中心となる人物に近寄って、その人物のするコンビニでの労働の内容が淡々と語られ、次第に主人公の人となりの話になってゆく。
語りの口調は独自で魅力的だが、この淡々とした調子でどこまでもつのだろうかとやや疑いをもちつつ読み進めると、調子は一貫して維持されながらも、主人公の過去や、大学での生活、コンビニでのちょっとした事件などの予想外の展開が少しずつ小出しに明かされてゆき、それが決して意外さだけを狙った意外さではなく、紋切り型になることもなくて、淡々としながらも新鮮さが保たれ、読み進むうちに確実にその世界が深まってゆくのが感じられ、最後まで緩むことがなくて、引き込まれた。
語られる対象や、物語、あるいは小説としての仕掛けに目新しい感じは特にないのだが、そうであるにもかかわらず、この作家にしか書けないだろうと思わせる独自の魅力があり、まさにその点がすごいと思われた。
主人公が世界に対してもっている、醒めていて、飄々とした、しかしへんなところで厳密-意固地でもあるという距離感が、小説の語り手が主人公に対してもつ微妙な距離の感覚とすごくうまく合っていて、下手をするとたんに嫌味で不自然に見えてしまうような特異な主人公のキャラクター造形を、とても説得力のある、面白いものにしている。
難を言えば、意図的に冗長な語りがひねり過ぎてたんなる冗長になってしまっている(迂回のための迂回のようになってしまっている)部分がまったくないとは言えないと思う。しかし、特別な事は何も書かれていないにもかかわらず、ほかのどんな小説にも似ていない独自な感触があって、この作家が今後どんなものを書くのか、期待できるし、とても楽しみだと思った。