●『ナショナル・アンセム』(西尾孔志)をDVDで。これはぼくにはとても懐かしい感じ。八十年代の自主映画みたい。というか、黒沢清みたい。すごく好きだし、こういうことをやりたい気持ちはすごく分かる。この監督がどれだけ黒沢清を好きなのかひしひし伝わってくる。黒沢テイストではじまって、徐々にそこからズレてゆくのかと思ったら、むしろどんどん近づいて、最後にはほとんどぴったりと重なってしまう。重なってしまうことで、たんなる黒沢フォロアーであることを越えて、黒沢清の生霊がのりうつったかのようになる。ここまでやるのはすごい。
とはいえ、たんに黒沢清みたいと言って済ませるわけにはいかないような、この映画独自のものと言えるような、面白い場面もたくさんある。ただ、空間的な展開はすごく面白いけど、時間的な展開のリズムがいまいち良くないように思った。
例えば、アパートの管理人が飛び降りた後、二人組の刑事が駆け寄って、「まだ生きてるぞ」と言い、「なに愚図愚図してるんだ、はやく救急車を呼べ」みたいなことを言うのだが、後の台詞は余計で、最初の台詞の後すぐに次の病院の場面に移った方がいいように思う。もし、後の台詞を生かすのならば、もう一人の刑事が「愚図愚図している」芝居や描写をちゃんと組み立てないと、たんに説明的な間延びになってしまう。同様の感じで、カットが一拍長すぎるとか短すぎるとか感じられるところがけっこうあって、なんか流れとか切れとかが悪い感じが、特に前半に感じられた。カットの繋がりだけでなく、前半で、短い断片的な場面が(その時点では因果関係が良く分からないまま)並べられる感じも、その時間の配分がいまひとつ決まってない気がした(音のばらつきは技術的なことで、ある程度仕方ないのかもしれないけど、それがリズムを悪く感じさせている一因かもしれない)。滑らかに流ないことが意図されているとしても、一本の映画を通じて、その、「流れない」ことの独自のリズムとかグルーブが生まれないと、断片的に面白いシーンがいっぱいあるよね、ということだけになってしまう。空間的な展開がすごく面白いだけに、編集で、もう一息、二息くらい粘っていたらなあ、と惜しく思ったところが何か所もあった。映画の方向性として、そういうところは気合で押し切る、というようなタイプではないのだから。
とはいえ、この映画は、作品をつくるという時、バカみたいな言い方だけど、気合とか、やり切ることとかが、いかに重要であるのかを教えてくれる。「こんなもの、よくつくったよなあ…」というのは作品への賞賛の言葉としては微妙かもしれないけど、でも、『旅芸人の記録』だって、その衝撃の多くの部分は「こんなもの、よくつくったよなあ…」に支えられていると思う。