●引用、メモ。対称性の破れについて。『非線形科学』(蔵本由紀)より。
≪システムが元来備えている対称性を破るような状態が出現するという現象は、ミクロ、マクロを問わず普遍的に現われ、私たちの自然観にも深い影響を与えています。対称性が破れるもっとも卑近な例として、前章にも述べた座屈が挙げられます。プラスチックの物差しを片方の掌に垂直に立てて、他方の掌で上から軽く押さえてみます。そして、物差しに徐々に圧力を加えていきます。ある程度圧力がかかったところで、まっすぐだった物差しは突如曲がるでしょう。物差しの両面のどちらの側に曲がるか、可能性は二つあります。わずかな条件の違いで逆の結果になるでしょう。
対称性の自発的破れが広く見られる現象は相転移です。温度を下げていきますと、一般に液体は結晶化します。ところが、結晶には結晶軸というものがありますから、結晶状態は特定の方向性をもつ状態です。通常の液体には、このような方向性はありません。ある結晶軸は四方八方どの方向に現れる可能性も等しくあったはずです。プラスチックの物差しがどちら側にも曲がる可能性が等しくあったのと同様です。物理法則の段階では、異なる方向はまったく同等で、そういう意味で対称性を備えたシステムなのですが、現実の状態としては、一つの方向性が選択された非対称な状態が実現するのです。法則が非対称なら結果は当然非対称ですが、法則は対称なのに結果が非対称になるということが重要なのです。
高エネルギー物理学でも、対称性の自発的破れはもっとも重要な概念の一つです。第一章でも見たように、私たちは低エネルギーの世界に住んでいるので、物の多様性を享受できます。宇宙創造時のような超高エネルギー状態で存在していた完全な対称性を、物質が次々に失っていった結果がこの世界の多様性です。≫