●今年の「新潮」新人賞に通った二つの小説がどちらもけっこうおもしろい。
特に「縫わんばならん」(古川真人)はかなりすばらしいと思う。最初の数行を読んだだけで「おっ、これは」となり、良い小説に違いないという直観が訪れる。ある意味、典型的な二十世紀的前衛小説のような形式性をもつ小説なのだけど、そういうものを意識して書いたというより、自分が書きたいものを書いたら結果としてそうなったという感じだと思う。そして、それをこれだけ端正に書ける人は、日本の現役作家では他にいないのではないかと思うくらいに端正な小説だと思う。二十代でこんなに書けてしまうということが、この作家にとっては逆に問題なのかもしれないけど、とにかく、作品としてすばらしい。
三つの章からなっている小説なのだけど、特に二つ目の章がぼくはとても好きだ。場面の作り方、描写や話の展開など、これを二十代の書き手が書けるというのは驚くべきことだと思い、こんな小説が読めて幸せだとしみじみ感じる。三つ目の章がちょっと理屈っぽくなってややテンションが落ちている気もするけど、でも、三つ目の章があるからある程度のわかりやすさが保証されているということかもしれない。
(三つ目の章の「わかりやすさ」がなければ、新人賞はなかったのかもしれない。)
一章と二章とは、老いた女性の夢や過去、記憶をめぐる話になっており、密度も高く、とてもいいと思うのだけど、ただ、これを二十代男性の書き手が書く必然性はどこにあるのかという疑問も生じるのだけど、三章で、おそらく作者自身に近いと思われる人物が登場し、なるほどと納得することができる、という構成は良いと思った。
「二人組み」(鴻池瑠衣)もかなりおもしろい。頭が良くて、やや独善的で、そしてかなり情けない男子中学生と、底なし沼のように受動的で得体の知れない女子中学生の話。中学生男子のどうしようもない感じを、このような形で書いたものは他にあまりないように思う。小気味よい、という感じ。この小説の小気味よさを成り立たせているのは知性だと思う。それは、小説を書くという実践を通すことで発揮されるような種類の知性なのだと思う。そして、この小説が体現しているような意味での知性をもった作家は多いとは思えず、とても得難い貴重な作家があらわれたのではないかと思った。