2021-03-17

●U-NEXTのラインナップに入っていたので、おそらく十数年ぶりくらい(いや、もっとかもしれない)で『雪の断章 情熱』(相米慎二)を観た。生涯に長編映画を13本つくった相米慎二のちょうど真ん中、7本目の監督作品(1985年)。ここらへんまでがイケイケの超売れっ子期だろう。

ぼくのなかでのこの映画の印象は、どうやっても面白くなりようのないお話を、飛び道具的な無茶な演出を多用することで強引に映画として成り立たせたという、イケイケだった初期の相米だからこそあり得た一種の珍品という感じだったのだが、この認識は完全に間違っていて、改めて観てあまりに素晴らしいので驚いてしまった。

お話がどうしようもなく面白くないというのはその通りなのだが、一方で、どう考えても退屈にしかならない場面や、話のつじつまが合っていない展開などを、突飛で大胆な演出で乗り切っているのだが、もう一方で、話はつまらないとしても、そのシチュエーションのなかにいる斉藤由貴という人物の存在や揺らぎの描写を充実させることで、説得力のある時間の持続を成立させている。これは斉藤由貴という俳優の特性にもよるのだろうが、相米慎二としては珍しく、一人の人物を中心において、そこにぐっと寄っていく感じの演出になっている。

(斉藤由貴は、それまで相米慎二が仕事をしてきた俳優たちとはかなり違った感じなので、相米も、てこずったというか、戸惑いのようなものはあったのではないか。薬師丸ひろ子が、弾むゴムボールのように運動を外に向けて拡散させていく感じなのに対して、斉藤由貴は、ブラックホールのように視線を吸い寄せる感じ。)

それによって、初期の相米のもつイケイケで攻め込んでいく---唖然とするしかない---勢いと、晩年の相米の、じっくりと人物を描写していく感じとの両方が共存し、しかもその両者がしっかり噛み合っているという、相米としても希有な作品になっているのではないかと思った。北海道の風景の撮り方も素晴らしく、クラシックの香りさえするような、堂々とした作品にみえた。

ハンプティダンプティのようなレオナルド熊とか、宙づりにされる斉藤由貴とか、買い物ブギとか、この映画には初期相米ならではの驚くべき場面がたくさんあるのだが、なかでもとりわけ素晴らしいのが、桜のある公園で、斉藤由貴榎木孝明世良公則の三人がキャッチボールをする場面だろう。この場面は、映画というメディウムによってこの世界に出現し得た奇跡の一つだと思う。今回観て改めてすごいと思うのと同時に、若い頃の自分がこの場面が大好きで、この場面がすごいのはどうしてなのか、どうやったらこんなにことが出来るのかと、VHSのテープで何度も繰り返し観ていたことを思い出した。