2021-06-09

●『大豆田とわ子と三人の元夫』、第九話。毎回すばらしいけど今回は特に良かった。小津とか成瀬とか、ほとんどそういうくらいのものを観せられている感じがする。小津や成瀬が現役だった時、彼らの映画を封切りで観に行っていた映画好きの人たちがリアルタイムで感じていたのは、このような驚きだったのではないか(テイストとしては、ホークスとかキューカーとか、あるいはルビッチみたいな感じだけど)。

様々な事柄が収まるべきところに収まる感じで、まるで最終回のような展開のなか、唯一感じた懸案事項は豊嶋花のことだった。もともと、娘は母と違って考え方が古風というか保守的だと感じていたのだが、今回は母と娘の相容れなさが強く出ていたと思う。オダギリジョーを部屋へ招く直前に、松たか子は豊嶋花と通話するのだが、この会話から生じた懸念が、松たか子オダギリジョーとの結婚を思いとどまらせた原因の一つではないかと感じた。欲しいものを他人の力で手に入れることが嫌だと言う松に対して、豊嶋は、自分が欲しいものを与えてくれるのは「西園寺君」だと思っている。そのためにパシリとなることも厭わない。豊嶋花は西園寺君のためにコーラを買いに行く。ものごとが穏やかに収束しつつあるというモードが支配的であるこの回で、この部分だけがズシンと重い違和感として強く主張してくる。「性格は指紋のようなものだ」と言う松たか子は、娘との間にある決定的とも言える相容れなさに対して、どのような態度で臨むのだろうか。

(追記。ただし、豊嶋花が通話を打ち切った理由が本当に「西園寺君のコーラを買いに行くため」だったのかどうかという点について現時点では判断の保留が必要かもしれない。)

●複数の可能性が並立する並行世界から、オダギリジョーの登場によって排他的な決定論的世界へと変質していた物語世界だが、それがふたたび並行世界的なモードに戻ってきた。オダギリの存在は、物語世界の基底を揺るがすほどに強いものだった。しかしそれでも、松たか子は並行世界へと戻ってきた。彼女を引き戻した主な力は、市川実日子の存在(不在)だろう。

とはいえこの二度目の並行世界は、三つの可能性が同等に並立していた物語前半の並行世界とは異なる。あり得たかもしれない可能性として、松田龍平との結婚生活が破綻しなかった世界が示される。これはまさに並行世界の提示なのだが、しかし、松田龍平松たか子との結婚生活が長く続くということは、そこは「はじめから市川実日子が存在しない世界(あるいは、松、松田と市川が出会っていない世界)」ということでもあるはずだ。しかし、「(他ならぬ)この世界」では、松たか子松田龍平市川実日子と出会ってしまった(死んでしまったとしても存在した)。そうである限りは、松と松田の結婚生活が長くつづく可能性はあり得なくて、「三人で生きる」以外の選択肢はない。彼女との出会いによってシュレーディンガーの「箱」は開かれ、事実は一方に収束した。市川実日子が生きていようと、死んでいようと、三人で生きることに変わりはないだろう。

(オダギリジョーも、想起された夫婦生活における松田龍平も、松たか子の肩に手を置く。しかし、オダギリジョーとは別れ、「この世界(現実)」の松田龍平松たか子に触れない。松たか子は「肩に手を置いてくれる男性」を得ることができないとしても、市川実日子と共にあることを選ぶ。ここまでのアンチ恋愛ドラマがあるのか、と。)

(松、松田、市川の三人関係は「タッチ」の男女逆パターンとも言えて、ここに向かって、前半のバッティングセンターの場面---この場面は本当にすばらしい---に、「タッチ」の主題歌を入れてくるのか。)

松たか子に、オダギリジョーとの結婚を思いとどまらせた力としては、部屋にまで上がり込んでドタバタを演じた岡田将生よりも、インターフォン越しに短いやりとりをした松田龍平の方が強かった(とはいえ、岡田将生は、頭にパスタが降ってくることで、市川の存在/不在を、そうとは知らずに際立たせるのだが)。また、(今回に限ってのことだが)岡田将生角田晃広は、互いにスマホの中の人となることではじめて対話を成立させることが出来た。直接的であるより、間に何か障壁がある場合の方が「伝わる」ということはよくある。

●テレビドラマとは思えない、(わかりやすさを最重視はしない)上品な演出。オダギリジョーが部屋に来る直前(娘との通話の後、あきらかに怪訝な表情を浮かべ、そして)、松たか子は棚にある母の遺影を見つめる。そこに、過去の母の言葉がオフの声で被さる。ここで、遺影のアップのカットを挿入しないのだ。これは、なんと言うこともないようにも思えるが、テレビドラマで「母の写真のカット」を入れないというのは、かなり勇気がいることではないか。観ていて、驚いて声が出た。

●ザハ・ハディッド、イームズ、ジェフリー・バワ、松たか子は建築家としての趣味に統一性があまりない…。