2022/02/04

●現状で柄沢さんの作品の可能性を深く理解し、明確に記述しているのはエリー・デューリングではないかと思う。柄沢さんの作品集に収録された「脳に反して思考する:アルゴリズム空間のパフォーマンスについて」は、過去30年におよぶアルゴリズムデザインの二つの傾向への批判からはじまる。一つは(美学的)マニエリスム化で、もう一つは(社会的・実用的)モジュール化。これらはどちらも、従来からある建築空間をコンピュータの計算能力によって「強化」するものでしかないが、柄沢さんの作品はそれらと根本的に異なる、と。

《一方で、パラメトリック技術の濫用が連続性への執拗な追求と相まって、滑らかな生物形態や質感を財産として手に入れるとともに、装飾芸術への再燃をもたらしている。(…)例えシームレスな曲線状態ではなく、絡み合わせたり、途切れたり、フラクタルなモチーフに発展したとしても、「連続性」はより根源的、抽象的な次元で(絶えず)作用している。背景に潜む幾何学がどれ程素晴らしく、また「仮想」や「発生」などの概念をどれ程アピールしても、デザインの直感的な即時性に勝ることはない。(…)徹底的にデジタル---つまり基本的に離散的な技術を利用しながらも、建築家のほとんどが建築をコンピュテーショナルではない方法で利用している。》

《一方で、(…)概念や設計に「細かい」計算的技術とアルゴリズムを利用するだけでなく、潜在的に重要な社会的意義を持った新しい生産プロセスによる物理的な建物の組み立てに活用することで、離散性の概念を強調していくべきと訴える声も聞かれる。あたかもビデオゲームの「マインクラフト」のように、拡張可能な材料部品のモジュール組み立てが多方向に分配されたデジタルデータの工作をつくりだしている一方で、グリッドストラクチャー、ブロックや「ボックス」を整列したり、クラスターやクラウドに形成するなどの基本的な材料やツールを使用することで、根源的な連続性と機械的なプロセスの美学の提案がある。(…)それはまるで、離散的な建築の自由なパフォーマンスが、最終的に独自の固定的な視覚的スタイルに堕していくかのようである。》

●柄沢さんの建築は、「連続と断絶」「接続と分離」を「脳に反する」ようなトポロジーとして組み立て直そうとしていると、エリー・デューリングは書く。我々の脳は通常、視覚に関しては遠さ(断絶と分離)を、行為(行動)に関しては近さ(連続と接続)を結びつけることを自然とする。それに対してたとえば、視覚に「近さ」を、行為(動き)に「遠さ」を結びつけることで「空間」は、脳が自然とする「すべてを連続的に包み込む媒体」ではなくなり、「結節点のネットワーク」へと変質するだろう。その時「場所」は、絶対的空間内の特定の位置であることから解き放たれ、他の場所との関係によってその都度都度にたち現れるものとなる。それは人に、バイロケーション(一身二箇所存在)や幽体離脱のような感覚をもたらす、と。

《(…)柄沢氏の発明方法は空間構造の下に潜む特定のトポロジーに大きな注意を向けさせる。それは連続と切断、接続と分離の間の交換のモードについて問うことと関係する。》

《(…)知覚できる建築の範囲においては視覚的距離については分離を、また動的接近(私たちの視界のある要素が「手の届く範囲内」にあると瞬間に感じる感覚)については接続を思考することが自然である。(…)そういう意味では、「遠くの行動」は存在せず、遠位とはただ異なる、または遅れてくる近位の体験となる。》

《(…)私たちの脳は、なぜか連続する形態に固執し、結果としてアルゴリズムの過程における離散的な論理や、離散的な空間の未知の領域の本質に適応することが困難だという事実である。》

《(…s-houseは)透明性の原則と分離の原則、二つの区別できる原則を結合、実行する。透明性の原則は、住宅の複雑なストラクチャーの中に最大限の視界を開くことを暗示し、私たちがどこに立とうとも、複雑に絡み合う階層が許容する範囲内で、他の多くの場所と視覚的につなぐ視線を描くことができるはずである。分離の原則は視覚的空間と感覚運動的空間の間にある裂け目---すなわち、住宅内において訪問者の現実的または仮想的な運動に関わる空間である---を認識させる。建築家の分かりやすい説明の如く、ある場所とある場所つなぐ道は、現実では視覚のみでは知覚できないほど長く、遠回りしている。そこには予期しない迂回路や近道が存在し、私たちはそれらの漠然とした印象しか手足で感じとることができない。対照的に、私たちの目はより速く、また本質的に落ち着きがない。それはほとんど瞬間的に自身からすこし離れた仮想的な繋がりのネットワークで囲ってしまう。この違和感はバイロケーション(一身二箇所存在)、つまり思考と身体の疑似分離という不思議な感覚を誘発する。この場合においては、アルゴリズムデザインは、二つのバラバラな「知覚した」空間の並立処理によって引き起こされる、絶え間ないフェーズシフトの精度の高い重合と分節を達成する。》