2023/01/27

●ぼくにとって天沢退二郎は、まずは『光車よ、まわれ!』や「オレンジ党」シリーズの作家として、そしてまた、アンリ・ボスコの翻訳者としてとても大きな存在だ。シリーズ一作目の『オレンジ党と黒い釜』を初めて読んだのは小学校五年生(1978年)だが、完結編『オレンジ党 最後の歌』を読めた時にはもう46歳になっていた。

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●地図萌えも天沢退二郎から。一枚目は『光車よ、まわれ!』の地図、二枚目は『オレンジ党と黒い釜』の地図。

ちなみに、次の画像はアーサー・ランサムの地図(『スカラブ号の夏休み』)。

●面白いのか面白くないのかよくわからない、なんとも掴み辛い夢日記みたいな散文詩にも、不思議にとしか言いようがないのだが、不思議に惹きつけられるのだった。ここから受けた影響はとても大きい気がする。以下、詩集『乙姫様』より「運河に沿って」、詩集『ノマディズム』から「ファルマコス」の二篇を丸ごと引用する。

(改めて読み返して、そして書き写してみて、この、掴みどころのないとろっとした単調さのようなもの、えっこれで終わりなの、と、足をカクンとされるような呆気なさに、自分が受けた影響を思い知るという感じだった。オチがつかずに、竜頭蛇尾的に終わるというのがまた。夢的なリアルだと思う。)

運河に沿って

 

 運河に沿ってその水面とほとんど差のない舗道がまだ夜来の雨で湿っているのを音もなく踏みながら幼い娘の手をひいて歩いていくと片側にしめやかな料理屋がならびはじめた。どれもまたタタキが路面と差がなくてそこに畳一枚の厚さに敷き並べられた客席の間を黒衣の女たちがゆききしているのをのぞきこみながら、そこには立ちどまらずに、やがて青黒くコンクリートを打ち放した食堂の二階へ上がり窓際の席に娘を座らせてわたしはトイレを行くからと階下へ下り外に出た。そうやって娘を置去りにするのがかねてからの計画だったのだが、つい見上げると窓際に娘がこっちを見ているのと視線が合ってしまっては、どうにもぐあいがわるいからちょっと手などあげてみせてそのまま本当に手洗所に入ると長々と放尿しながらさてどうしたものかと途方にくれた。しかしもうずいぶん時間もたった、もしかして娘は勝手にどこかへ行ってくれたのではないかとそれを空頼みにおそるおそる手洗所から首を出すと窓辺に娘の顔はない。しめたという気持ちと娘がどこへ行ったのか慮る心配とが二本の紐になってまといつくのをふりほどいてわたしは運河ぞいに歩き出した。

 思えば同じようにして病妻を置去りにしたのはもう何ヶ月いや何年前であったか、いまようやくこうしてほんとうにただひとり運河ぞいに歩いているのが夢のようだ。とはいってもべつに、妻や娘が邪魔だったわけでは全くない。ただああして置去りにするまさにそのときの、その行為の云うに云われぬ胸の底を丸っこい指さきでかきむしるような切なさを味わいたい、ただもう無性にそれが味わいたいと思いつめてこの何年何ヶ月を彷徨ってきたのだったが、さてついさっきからはじまり進行し終ろうとしているこの置去りのその切なさを自分は充分に味わい、味わいつくしたのかというと、これまた切ないばかりにもどかしくやるせなくこころもとないのだった。

 それなのに運河ぞいのみちは次第に華やぎはじめた。右から左からさし下される枝々に花か紅葉か色けざやかに重々しくしだれて、まだぬれたままの路面に照りかえすその不吉さのたえがたさにわたしはぷいと左手の黒々とした料理屋に入った。暗い廊下は右に左に折れ曲がり折り返してまもなく黒小紋の婦人がひとりわたしを迎えていそいそと立ち上がると、「嫁菜御飯ができていますよ、たきたてですよ」とにこにこするので見ると床の間の大きな水盤にたき散らされた熱い白い御飯のなかへ、なるほど青じろい大ぶりのヨメナが何本も何本も活けてある。そうだ、娘を嫁に出すときの料理はこれに限る! そう思うとわたしは思わずもう顔ぜんたいが笑えてきてどうしようもないのだった。

 

ファルマコス

 

 書籍や薬をくるんだ風呂敷包みを両手にさげて路地を駆け下りバス通りに出たところで忘れ物に気がついた。仕方がない、よいしょと再び急坂を登って幾度かみちを折れたけれどもどうにも伯母の家へは戻れぬままに、狭い私道の迷路へ入りこんで、いやこれは私道とさえいえない、たてこんだ民家の軒や縁側や台所の庇などの間の不定形に屈曲する隙間にすぎなかった。そこで私は教授と称する男に出会ったのだ。

 それは大学教授というより中小企業の社長といった風のやけに角張った中年男で、色あせた浴衣を着て濡縁に腰かけたまま私に身の上話をきかせたが、それによると彼はもう十五年来この路地の奥から外に出たことがなく、いずれ家族を離縁して手製のヨットで側溝づたいに外海へ出たいと夢見てきたが、その側溝も暗渠になったしもう駄目かもしれないという。そんな情無い話は聞きたくもない---それで大学のお勤めはどうしているんですかと訊くと、教授はどうも近頃の学生は当てにならんでねと曖昧にごまかして濡縁から中に入ってしまった。伸びあがって覗いてみると、障子の上半分に嵌ったガラス越しに、教授が立ったまま白衣の女に不思議な容器に入った何か異様なものを食べさせられているのが辛うじて見わけられた。

 頭上にやはり屈曲する空は、もう日暮れが近いらしく、ふしぎな桃色と青に染めわけられていた。私は何となく右へ往き左へ往きしたが出口は皆目見当がつかず、台所の出窓からは手拭被った若奥さんの立ち働く顔の下半分や、洗剤の瓶の口や鍋のかち合う音や湯気やらしんそこよそよそしくのぞくばかりで、私もこんなところにいつまでも佇みうずくまっているわけにもいくまいが、ねえ、いったいぜんたい私はどうすればいいんですか!