トムと紫陽花

驚いたことに、アトリエへ向かう途中にある中学の校門の脇で、今頃まだ、紫陽花の花が、半球状になった一塊だけポツンと、薄紫に咲いていたのだった。この場所は、7月の頭頃の暑さで、他の紫陽花の花が皆焼け爛れたように萎びてしまった後も、いつまでも涼し気に平然と花をつけ続けてていた場所なのだが、一体どうなっているのだろうか。アトリエの隣の老犬トムは、三和土に敷かれたタオルの上で、もううずくまってさえもいなくて、足を投げ出した格好で、グターッと横になっていたのだった。隣のオバさんは、トムが元気な時から、いつもひっきりなしに、トムや、トムトム、トムちゃん、トムちゃんさん、とか声を掛け続けていて、それが結構大声でアトリエにまでよく聞こえてきて、制作が上手くいってない時などには耳障りに感じる程なのだが、今でも同じような調子で側を通る度に声を掛けていて(わざわざ立ち止ったりはせず、用事をしながら、いつもの調子で)、トムはもうその声にほとんど反応しないので聞こえているのかどうかも分らないのだけど、そのように以前と変わらず声を掛けられながらゆっくりと衰弱して、ゆっくりと生命活動を停止してゆき、フェイドアウトするように死を迎えるのだろうか。