松浦寿輝『鰈』

●朝方は冷え込み、きーんとした空気が張りつめる。朝露がシャーベット状に凍ったものが、すっかり黄土色に変色した芝の一本一本をコートしていて、中庭の芝生を踏みしめながら斜めに横切る時、一歩踏み出すごとに靴の裏からシャリシャリした感覚が伝わってくる。硬く凍ったものがポキポキと折れてゆくのではなく、ゆるく結合した粒子状のものがズズズッと崩れてゆく感じ。建物の重なり具合によって、冬の低い太陽では一日中日の光が射さない場所では、まだ雪が白い斑点として残っている。雪というより氷となって残っているそれを、体重をのせてバリッと砕くと、そのバリッという音が建物の壁にぶつかり、やや遅れて木霊となってもどってくる。もどってきた木霊だけでなく、バリッという音が壁にぶつかった時の衝撃波のようなものまで感じられる気がする。