●夢。クマザサのような、緑が濃くて硬そうな雑草が絡まるようにしてびっしり生えている斜面。この雑草を独自のやり方で刈るという老人がいる。そもそもこの草は、俗に雑草タバコと呼ばれる珍しい草で、癖があるが特別の味わいのあるタバコになるということだ。それが当然違法であることについては、夢のなかでは思い至らない。老人は、草の上に網を被せる。粗い網の目には、無数の小さな刃がついているようだ。網を複雑に仕掛けて、脇に置かれたモーターを起動させると、網をかけられた部分の草が刈り取られ、斜面を転がり、その草の塊は、雪の塊が斜面を転がって大きくなってゆくように、生えている草を絡め取ってどんどん大きくなってゆく。びっしり生えていた草は、1.5メートルくらいの幅で、きれいに刈り取られている。
斜面には一本だけ木が生えている。雑草たばこはこの木が生えている近くにしかないと、老人は言っていたはずだ。葉はまったくなく、表面も皮をむいたかのようにつるつるしている。ぼくはこれから大学院の試験に向かう途中で、絵の具や筆やオイルやパレット、スケッチブックなど、リュックやキャリーカートに沢山の荷物をもてあましている。しかしそのときにふと、そもそも自分は試験を受けるための手続きを何もしていなかったことに気づく。当然、受験表などない。それでも、試験会場に行けば試験は受けさせてもらえるものだと思っている。老人は作業をつづけていて、木の根元のところまで草は刈りとられていた。むき出しの地面は、なんとなく湿っている気がする。この木には、エビやザリガニの類が住んでいる、と作業を中断した老人は、サファリジャケットのポケットから出したキセルを吸いながら言う。確かに今、木の表面を何かがすーっと登って行った。最初、ぼくにはそれが大きなゴキブリにしか見えなかった。よく見るとクワガタだった。頭のツノの部分がやけに大きくて、そして薄っぺらい。簡単につぶれてしまいそうだった。まるで折り紙で折ったクワガタのようだと思った。
いったい、試験は何時からはじまるのだったろうか、それすらぼくは知らないのだった。いや、本当に今日が試験の日だったのかどうかもあやしく思えてきた。そもそもぼくは、受験関係の書類を見たことすらない。それでも、会場はきっと○○校舎に違いないという確信はあった。実技試験は大抵、午前中三時間、午後三時間であるはずだから、八時半くらいに着けば大丈夫なはずだ。老人の経営する店はすぐ近くにあった。古くて陰気な建物で、看板は粗末なトタンにペンキで店の名が殴り書きしてあるだけだった。前面の曇りガラス越しにでも、店内が雑然と散らかっている様子が分かった。これでは客など寄りつかないだろうと思ったが、口には出さなかった。そのとき一緒にいた業者らしい青い作業服の中年男も、神妙な顔をしていた。老人はぼくの心を読んで言い訳するかのように、ここはもともと○○党の事務所だったんだから仕方ない、と、「○○党」という言葉にはっきりとした軽蔑の感情を込めて言った。