糸井重里の懐かしい著作、『ペンギニストは眠らない』『私は嘘が嫌いだ』『話せばわかるか』『スナック芸大全』が古本屋で一冊百円で売っていたので、思わず買ってしまった。糸井氏は本当にとても聡明な人だと思うのだが、その聡明さは、「作品」をつくらない、あるいは「作品をつくる」ということに束縛されないことによって可能になる、身軽さや柔軟さによると思われる。「作品」というのは、何というかとても重たいもので、それをつくろうとする人を強く束縛する。しかしその束縛こそが、作品と呼びうるもの固有の「内実」をつくりだしもする。「作品」ではないものは、びっくりするほど、またたくまに古びてしまう。(つまらない作品は、はじめから「古びて」いるのだが。)勿論、それははじめから作品ではないのだから、古びたって全くかまわないのだけど。
●作家の平山瑞穂が、自身のブログで早見優について書いている(http://d.hatena.ne.jp/hirayama_mizuho/20050915)。ぼくも、早見優に関しては少なからず関心がある。平山氏も書いているが、アイドル時代の早見優はまったく冴えない存在で、「松本伊代の偽物」みたいな位置づけでしかなかった。早見優が凄いのは、脱アイドル以降の「しのぎ方」で、そこにはアイドルを脱皮して大人の女優へ、とか、なんとかして生き馬の眼を抜く芸能界で生き残らなくては、という気負いのようなものが感じられなくて、タレントとして際立った特徴があるわけでもなく、ハワイ出身で英語が出来るタレント、というだけで、特にこれといった「代表作」のような活動もなく、しかしずっとしっかりと「存在」しつづけている。私生活も順調みたいで、「私のダンナはすごくかっこいいのよ」とか、そういうことをサラッと言ったりするのだが、かと言って、夫婦仲の良さや、幸せな私生活、セレブな芸能人、というイメージを強調することもなく(強調する必要もなく)、早見優早見優しとしてだけ存在していて、相変わらずタレントとしての一番の特徴は「ハワイ出身で英語が出来る」のままだったりするのだが、それはそれでいいじゃないかという感じで、しかもそれで「成立」してしまっている。勿論ここには本人の力だけでなく様々な幸運(や政治)が作用しているのだろうけど、早見優という人のもつ、物にこだわらない身軽さや柔軟さのようなものが凄くあるように見えるのだ。ここには、女優としての評価や、タレントとして際立つことを、自分自身の支えとしていないことによる自由さとしなやかさがあり、それは「作品」をつくろうとすることの重さや束縛からの自由でもあるように思う。
KGV氏による、オタク=レゲエ説や日本のポップカルチャー史が、とても興味深い。(8月14日http://d.hatena.ne.jp/KGV/20050814と8月27日http://d.hatena.ne.jp/KGV/20050827の記事)特にコメント欄での指摘が鋭いと思うのだが、それによると、80年代の日本の(ポストモダン的)ポップカルチャーは、ポップなきポップアートのようなもの(プレスリーが存在しないのに、ウォーホルだけがいる、みたいな)で、例えばYMOはポップミュージックというよりポップアートミュージックのようなものだし、おニャン子クラブなどもそうだ、と。つまりそれはポップがポップであるに足りる実質を欠いてコンセプトだけがあるというようなもので、そのような状況に対して批判的だったのが浅田彰とか村上龍という人で、浅田氏の「批評空間」におけるモダニズム再検討がその批判的実践だし、(KGV氏は言及していないけど)村上龍がF1やテニスやSMなどの「実質(伝統)のある快楽」へと傾倒してゆくのもそうだと言える。90年代に入ると、渋谷系のような人たちが出て来て、日本には本当の意味でのポップミュージックなどあり得ないという自覚から、サブカルチャーというシーンで、アングラ的な暗さを切り捨ててポップなことをやりはじめ、そして、その蓄積が、98年頃を境にして、日本のポップミュージックシーン(Jポップ)に、質的な変化をもたらした、と。つまり、98年頃を境に日本にも実質のあるポップカルチャーが誕生した(そこで必然的にサブカルチャーは消滅した)、と。
それは聴覚=音楽(サブカル)だけのことではなく、オタク(視覚)的表現にもいえて、エヴァンゲリオンあたりを境にして、絵柄やその内容が変質して、エヴァライトノベル的な内面性から、より動物化(機械化)した「萌え要素」の組み合わせ、組み替えへと移行する。ここで面白いのは、KGV氏のオタク=レゲエ(秋葉原=キングストン)という指摘だ。
《世界的に見て、視覚におけるポストモダニズムが日本のオタクのビジュアル表現ならば、聴覚におけるポストモダニズムがジャマイカのレゲエなのです。共通するのはディズニーやハリウッド、R&Bやカントリーというアメリカ合衆国の驚くべき反転と解体の過程であって、80年代以降のオタクにおけるコミケ的二次創作、レゲエにおけるDJ(MC)のための同一リディムの膨大な再使用の急速な拡大から、90年後半以降の動物的(機械的)に「萌え」を発生させる装置としてのオタク表現の世界化、ボーカルさえもためらいなく徹底的に機械化して踊ることに特化させたダンスホールの合衆国産R&Bへの浸食。》
《オタク・ラガ化するポストモダンにおける統覚や主体のありようについて言えば、やはりそれはドゥルーズ=ガタリ的なものなのです。東浩紀の場合も動物化などと言いますが、あれはD=Gの言う「機械」化(あるいは「器官なき身体」とか)のことだと考えるべきだと思います。(略)「オタク・ラガ化」というのは動物がそのまま機械というか、人間を全く経由しない動物=機械の直結回路がもたらす現象なのです。》
つまりここで言われる「ポップ」の内実とは、人間(内面)を経由しない、動物=機械の直接的な接続のことであり、その精度や深度のことで、それは人間(内面)を経由しないが故に「世界的」であり、視覚的表現としては、自動的に「萌え」を発生させる装置の精密化として浮上し、聴覚的表現としては、ボーカルさえも機械化して踊ることへと特化することとしてあらわれる、と。(ただ、厳密には、身体=筋肉的なパルスに直接的に働きかけ、そこへと接続される、音による「踊る」ことの快楽の追求と、一定の視覚的パターンの刺激と「萌え」という感情を、ある程度「文化的」な媒介によって結びつけて洗練させるオタク的視覚の追求とは、異なるようにも思うけど。)
ここにもまた、「作品をつくる」こととは別種の、世界の生々しい動き、というか、世界との生々しい接触=接続があるように思う。
●とはいえ、ぼく自身としては、どうしても(モダンな意味での)「作品をつくる」ということのもつ「重さ」のようなものに縛られてしまっていることはどうしようもなくて(それは「作品」自体が「重いもの」でなければならないということでは全くないのだが)、それは既に古くさいある種の統覚(主体)へのこだわりでしかないのかもしれないとも言えるのだけど、まあでも、それはそれとしてやってゆくしかないのだった。