●ふと思い立って、大学の跡地へ行ってみた。ぼくの通っていた大学は、ぼくが卒業した後すぐに移転したので、今はそこにはない。行ってみたら、本当に何もなかった。
大学があったのは、今住んでいるところの最寄り駅の隣りの駅だから、そんなに遠くない。しかし、そこに大学があった時は、駅から大学行きのバスが出ていたのだが、その路線はなくなっている。駅から、山のなかへ向かって歩いて登ってゆく。学生の時もよく歩いた。アパートから隣りの駅までが約一時間、駅から大学までが約四十分くらいだと記憶していた。歩いてみると、ちょうど四十分でそこに着いた。
きれいに跡形も無く、ただの草っ原になっていた。ただ、バスが着いて方向を換えるロータリーと、バス停から本館へとのぼってゆくスロープの「地形」が、わずかにその痕跡を留めていた。(そのスロープの土台だけが、一部残されたままになっていた。)バスのロータリーから道を隔てた向かいには、学生の頃にあったのと同じ位置に自動販売機がまだあった。大学があったのは、車道から分かれた坂道をずっと登ったどんづまりで、そこから先は道もなく、ハイキングコースになっていて、まわりにも民家が建て込んでいるわけでもないので(近くにあるのは、霊園と石材屋と城跡だ)、この自動販売機の売れ行きはきわめて良くないだろうと思った。
アトリエがあった場所、校舎があった場所、サークル棟があった場所は、更地になって囲いで中に入れないようにしてあった。グランドがあった場所は、城跡を訪れる観光客のための駐車場になっていた。(閑散としている。車が二台だけ停まっていた。)駐車場だった場所は、建築会社の資材置き場みたいになっている。ただ、バスのロータリーのあった辺りだけは、建物を解体した後、そのまま放置されている感じて、荒れ果ててはいるが、中に入ることが出来た。
ロータリーから、本館へ通じるスロープのあった辺りを、枯れ草をかき分けながら登っていると、すごく妙な気分に教われる。懐かしさとかいうのよりもっとリアルで気持ちの悪い感触で、十五年くらい前にそこを登っていたある日の時間と、実際に登っている今の時間とが、一部重なると言うか触れ合うというか、今がいつか分らなくなるというか、時間ていうのは本当に流れているのか、現在(いま、ここ)っていうのは一体どういう事なのか、というような、足場を見失うような感じになるのだった。
スロープを登り切った、本館の入り口があった辺りで立ち止まり、そこから、大学のあった、今は何も無い広がりと、当時は校舎に隠れていた、大学の敷地の真ん中を突っ切っている小さな枯れた川を、しばらく眺めていた。
(ぼくはどうも(対人的な)出来事の記憶よりも空間的な記憶の方が濃く残るみたいで、それなりにいろいろあったはずの大学時代の出来事は、よほど大きなことでもないかぎりほとんど忘れてしまっているし、この場に来ても思い出さないのだけど、ここにこれがあって、ちょっと行った左にはあれがあった、みたいなことは、その場に行くと気持ち悪いくらい溢れ出てくるのだった。)