●午前五時過ぎに喉の乾きで目が覚めた。蒸し暑い。冷蔵庫のなかには何もない。水道の水は生温い。冷凍庫に氷はない。小銭を確認して、近くの自販機まで行くことにする。一番近い自販機まで、五分くらいは歩く。外はもう明るい。雨は降っていないが、まるで台風が近付いているかのような、湿って、荒れた風が強く吹く。住宅街の庭木がぐらぐら揺れている。びゅううーという空気を切るような音がする。蒸し暑い。まだ人気はない通りに、おばあさんが一人だけいて、ゴミ出しをしている。半分寝ぼけた感じで、坂を下って行く。アパートの前の三叉路を右へ、しばらく下ると左側に細い道があらわれるので、そこを曲がる。道は蛇行しながら、だんだん細くなる。両側には家やアパートが建て込んでいる。ここは車が擦れ違えなくて、いつも滞るところ。この道はグーグルマップにもストリートビュウにもない。空は厚い雲で蓋をされている。びゅううー、という音は途切れることなくつづいている。どんどん狭くなってゆく道が、それよりはやや広い道にぶつかって、その少し先に、普通のよりも随分と細い、つまり種類の少ない自販機がある。冷たいもの、やや甘いもの、炭酸入りのもの、が欲しい。お茶ではなく、スボーツドリンクでもなく、となると、選択の余地はなく、コーラしかない。身体の表面は湿気で湿っているが、内側は乾いている。水分が欲しい。すぐに欲しい。その場でごくごくごくと一気に飲干す。ゲップが出る。空気を切る音がして、庭木がぐらぐら揺れている割には、身体に当たる風はそれほどではない。それがまた、風が荒れているという印象を強くする。空き缶をゴミ箱に捨てる。雲の切れ目から、びっくりするほど澄んだ水色が見える。こんな空の色があるのか、というような鮮やかな水色。冬の、冴え冴えとした青とままったく違う、チューブから出したばかりの水気を含んだ水彩絵具みたいな水色。
●今日ではなく昨日、目覚める直前に見ていたのはトウモロコシの夢だった。実家の、道路を挟んで向かい側は駐車場で、その奥は、以前は葡萄が栽培されていた。夢では、その場所がトウモロコシ畑で、五十メートル×三十メートルくらいの土地にびっしりとトウモロコシが生えていた。ぼくはそのトウモロコシの何本かを勝手にもいで(つまりかっぱらって)、皮を剥き、その場で、ナマのままでかじりついて食べた。とても腹が減っていたのだった。しかし、夢のなかで何かを食べても、たいてい味もしなければ食べたという手応えもない。ただ、かじりつく、むしゃぶりつく、という行為の必死さだけが、空回りするようにして、ある。とはいえ、トウモロコシの実の、オレンジがかった黄色の鮮やかさと、粒がびっしり詰まった感じは、今、これを書いている時にもはっきりと思い出せる。勿論、空腹で目覚めた。