●作家論のゲラを速達で出版社に戻すために、休日でもやっている窓口のある郵便局まで歩く。ついでに、途中の自販機でスポーツドリンクのペットボトルを買って手にぶら下げて散歩。校舎があって、プールがあって、プールの近くには木があって、水の匂いがして、蝉の声が聞こえると、あまりに紋切り型とはいえ、強烈に「夏」という感じがする。大学に入って、この辺りに住むようになって二十年になるけど、それでも、ちょっと見慣れない道に入ってゆくと、まだ、今までみたことのない風景に行き当たることがあるのが面白い。大きなマンションの建物の裏側に隠されるように、もともとあった森林の一部が開発からポツンと残されたように広がる場所があった。土と緑が残る場所に出ると、空気の感触ががらっとかわり、明らかに体感温度がぐっと下がる感じがする。空間を満たすような騒がしい蝉の声は、却って静けさを強調するみたいだ。これが、あと何年あとまで残っているだろうか、と思う。その一方、少し先には、いかにも乱暴に造成された、がさつとか荒涼とかいう単語を視覚的に表現したかのように無駄にだだっ広い駐車場の平べったい広がりがあり、錆びの浮かぶフェンスや、ひび割れたアスファルトから伸びる雑草や、広さに対しての駐車してある自動車の少なさ(がらんとした広がり)や、あきらかに廃車と思われる半壊した車が何台も放置されていることや、その全体に強い光りが単調に、均等に当たっていること等によって、それを観ているこちら側の感情までもが荒んでくるような風景もまた、ぼくは嫌いではなく、ほとんどうっとりとして眺めるのだった。蒸し暑いのが嫌いではないとはいえ、ここまで暑いと、散歩はせいぜい一時間半くらいが限度で、帰りは電車に乗って最寄り駅まで戻った。
●最寄りの駅まで戻って、冷房の効いた喫茶店に入り、書評する本を、もういちどゆっくりと読み返した。この感じをじっくりからだに刻み付けて、明日、一気に原稿を書いてしまおうと思う。