●メモ。小説の書き出し案(草稿・1)。
自分が十四歳ではないことに気付いてしまった動揺とともに目覚めて、それをまだ事実として受け入れられないうちに最初に目に入ったのはクレーンに吊るされた巨大な木の板だった。板は真ん中が四角くくりぬかれていて、それは窓だとすぐさま直感された。それが窓だということになれば板は壁となり、自動的に、壁のこちら側が内側となり向こう側が外側だということになるはずだ。窓からは空が見えた。クレーンに吊られた板が風にあおられて空中でくるっと反転したが、それでもまだこちら側が内で向こう側が外であるという確信は変わらない。こちら側はこちら側だから内なのだ。
ここ三十年の間ずっと十四歳だったのに目覚めたとたんに四十四歳になってしまっていた。三十年間つづいた十四歳は終わってしまった。いやたんに終わったのではなく、目覚めたとたんにそれがはじめから無かったものとなってしまった。そんなはずはないが、そうだとしか思えない。記憶をたどってみれば昨日も確かに四十四歳として暮らしていた。しかし記憶など嘘くさくて信用する気になれない。いきなり四十四歳になってしまったという虚を突かれたような感覚の強さに負けてしまう。だいいち、今見えているもの(クレーンに吊られた窓とその向こうの空)は、昨日眠る前に四十四歳だった記憶とは繋がらない。四十四歳であった昨日の記憶によれば、その前の日やさらにその前の日とかわらず、自室のベッドで眠りについたはずなのだ。
クレーンに吊られているとはいえ窓と壁があるのだから、その内側であるここは室内で、それを自室であると言い張ることもできる。だが、男が横たわっているのはベッドではなく砂の上だった。いや、上というより半分砂に埋まっていた。クレーンに吊られた板がゆっくりと降りてくる。男はそれを視線で追って半分砂に埋まっている頭部をゆっくり横へ倒した。窓の先には海が見えた。それがきっかけであるかのように波の音が耳に届くのだ。男は、自分のからだが思い通りに動くかどうか確かめるために砂に埋まった左手をグーにして右手をチョキにする。巨大な板が完全に砂浜に着地すると、中央に空いた四角い穴の先に人の姿があった。海を背景にしたその人は、デスクの前に座り事務仕事をしているように見える。電話をしているらしく口をぱくぱくさせているのが見える。ああそうか、と男は気づく。向こうが内側だったのだ。ならば、いつまでもこんなところで寝ているわけにはいかない。
視線を窓から外してひねっていた首をまっすぐに戻すと空が見える。グーとチョキにしていた手をともにパーに直し、砂に埋まった両腕を空に向かって突き立てると視界に入ってくる手はちゃんとパーになっているはずだ。そして両腕を振り下ろす力の反動を利用して上半身を起こすのだ。男は、首をひねって窓とその内側の人を見たままの姿勢で、自分の行動をそのように思い描く。そう考えただけで既に上半身を起こした気になってしまう男は、しばらくして、自分が横になったままであることを発見して驚くことになろう。本来ならば起き上がっているはずの自分自身に置いて行かれた、遅れをとった、と。そして、空は雲ひとつないが日の光はそれほど強くはなく、あたたかい砂に埋まって波の音を聞いているのが心地よいから、できればこのまま再び眠ってしまいたいという力が作用して行動が妨害されているのだと考える。だが、ここが外であると分かった以上、そのような誘惑に負けるわけにはいかない。