●『輪るピングドラム』第17話。ずいぶんと話が煮詰まってきた。今回は、驚きの展開というわけでもなく、大きな何かが提出されたわけでもなく、物語的には次につなげてゆくブリッジのような回だと言える。だがそのかわりに、視覚的な次元では盛りだくさんにいろんなものが詰め込まれている。
●地下鉄、病室でたこ焼き、生存戦略(大切なものが損なわれる…)、時籠と多蕗の会話(回想)、サネトシのモノローグ(もうすぐ戦争が…)、陽毬のいなくなった病室、毛糸を探す陽毬と苹果(絡む時籠)、陽毬を探す冠葉と晶馬、時籠と夏芽の対決、多蕗に連れ出される陽毬と苹果(危機)。わずか三十分足らずの時間で、これだけの事柄が語られる。かなりバラけた展開にもみえるが、物語の基本線が、家族団らん→不吉な予言(大切なものが損なわれる)→陽毬の消失→陽毬を探す双子→陽毬の危機という流れで、もう一方に時籠と多蕗の過去の事情(感情)と、二人それぞれ別の行動という対抗線が交差する(時籠の行動の方に夏芽が絡む)。そこに、まるで全てを知っていて事の次第を俯瞰するようなサネトシと、その不気味な手下のウサギ少年たちの視線(「罰」という言葉)がプラスされる、という風に整理できる。
●冒頭の地下鉄。ペンギンにタコが加わり、さらに宙吊り広告の動きも複雑になって、窓への映り込みもあり、「話の整理」的な双子の台詞のやり取りに、過剰な視覚性と運動性が加味される。ここで、晶馬の分身であるペンギン2号はのんきにマヨネーズを吸っているが、冠葉の分身の1号は複数のタコから墨をかけられて真っ黒になる。今後ますます冠葉が「汚れ役」として追いつめられてゆくであろうことが匂わされる。それにしても、病室での表情や仕草など、この回の冠葉の表現はとてもすばらしい。
●一方に、時籠、夏芽、サネトシなどの尖った顔の系譜があり、もう一方に、陽毬、苹果(桃果)、マリオといった丸い顔の系譜があるとすれば、どちらかといえば、冠葉は前者であり、晶馬は後者であるように見える。あるいは、冠葉は、尖った顔の系譜と丸い顔の系譜が交錯する地点なのかもしれない。
そうなるとますます陽毬とマリオの関係が気になってくる。前回によると冠葉と夏芽はかなり過去からの因縁があるらしく、その因縁は陽毬-マリオの繋がりを示すものではないか。
●病室でたこ焼き。一方でほのぼのした家族団らんの場でありつつ、もう一方でペンギンたちとタコたちの血なまぐさい抗争の場でもある。しかし後者の抗争は、ペンギン3号による乱暴な介入によって調停され、ペンギンたちとタコたちは仲良しになって、この後は行動をともにする。
生存戦略の場面でもまた、冠葉の追いつめられた感じが表現される。晶馬はまたも早々に、プリンセス—冠葉の関係から脱落させられる。とはいえ、落下スイッチを押しているのは晶馬の分身である2号なのだから、これは晶馬がみずから身を引いていると言えないこともない。
●東京スカイメトロの出現以来、群衆が常に記号で、街中にペンギンマークが氾濫するピングドラムの世界がますます異様なシミュレーション的な世界に見えてくるようになった(まるで「笑い男」のマークみたいにペンギンマークが増殖している)。最初はリアル荻窪の再現であるようなところから出発したこの作品世界は、徐々に歪んでいって、今ではリアル池袋やリアル新宿にそっくりな風景が出てきても、まったく異次元の世界としか思えなくなった。
●時籠はかつて父のアトリエから見える高い塔(ダビデ像)に拘束されていた。そして、高層マンションに住むことによって、自らを父の位置に置いて父から解放されようとしているのだと思っていた。しかし、マンションからは相変わらず高い塔(東京タワー)が見える。過去は(桃果の消失という出来事を媒介して)まだ作用しつづけているのだ。だから時籠は、シャンパンの瓶やグラスの中に塔を閉じ込めようとする。
●多蕗と桃果との関係は、具体的にはまだ何も明らかにされていない。
●最近はあまり高倉家室内が出てこないけど、高倉家の色彩感覚は、「ヨザワヤ」の毛糸売り場に再現されていた。そうである限り、「ヨザワヤ」は陽毬にとって安全な場所なのだ(時籠はヨザワヤにカーテンを買いに来ているが、彼女にはこのような色彩感覚はないと思われる)。だから、時籠による目論見は、夏芽の妨害によって阻止される。ここで唐突に、時籠—夏芽の対決ラインが物語の流れに介入してくるというところに、「ピングドラム」という作品が複雑な網の目状の関係とその動きによって出来ていることがよく現れている。
●不気味なウサギ少年たちが「罰」という言葉を口にする。そしてそれを無言で見ている、ペンギン帽子の眼差し。ここのペンギン帽子はすごく効いている。
●食って、寝てばっかりの陽毬が動き出した。ペンギン3号だけはなぜかタコと行動を共にしていない(病室の窓の外にいたタコは置いてきぼりにされたタコなのか)。時籠による目論見は夏芽によってブロックされたが、行動には否定的だと思われた多蕗はブロックをすり抜ける。単独行動をする多蕗には、時籠にも隠している「何か」があるのだろうか(物語は一度中断して、次回は多蕗の回、ということもあり得る)。
●エレベーターで陽毬を地下深くへと誘ったサネトシに対し、多蕗は高いところへと彼女を導く。垂直運動する姫である陽毬。上昇は、眠り姫でもある彼女に「目覚め」を誘発するのだろうか。しかし今回は、ここに、水平運動する姫である苹果も同乗している。このことは、どのように影響するのだろうか。