●『巴里マカロンの謎』。米澤穂信「小市民シリーズ」の新作が去年出ていたことを知ったので、読んだ。このシリーズとしては11年ぶりの新刊ということだけど、タイトルからも分かる通り(「冬期限定…事件」という定型に従っていない)、シリーズの本流というより、やや軽めのインターリュード的な感じの作品だろうと思った。11年という間を開けたこのタイミングでインターリュード的な作品が出るということは、そう遠くはない時期に、とうとうシリーズを完結させる『冬期限定…事件』が書かれるということの布石ではないかと期待したい。
高校生が主役の、人の死なない、いわゆる「日常の謎」系のミステリとしては、同じ作者の「古典部シリーズ」が、アニメ化されてヒットしたりして有名だけど、ぼくとしては、よりひねくれの度合いの高い「小市民シリーズ」が好きだ。「古典部シリーズ」では、傍観者的デタッチメントの態度をとる主人公が、回りの人物たちに巻き込まれるようにして状況に介入していくという形だが、「小市民シリーズ」では、面倒ごとに自ら首を突っ込んでしまいがちな二人の(基本的にかなりヤバい)人物が、それまでの態度を反省し、できるだけ面倒に巻き込まれないように小市民的でいるために、互いに協力し合い牽制し合うという形になっている。だから、この作品は、装われた穏やかさ、装われたフラットさを基調としている。表面的には、事なかれ主義の男の子と、スイーツ好きでふわっとした女の子が主人公であるのだが(物語は男の子の一人称で語られる)、その奥に不穏な感じが常にあって、日常的な何気ない事件に見えたものの残酷な側面がチラッと覗かれる。とはいえ、不穏なものを暴露するという感じにはいかなくて、表面上はあくまで小市民的な穏やかさが(ところどころ破綻しながら無理矢理にでも)貫かれる。この、しれっと、しらじらしく平穏が「演じられる」感じが、この独自の距離感やひねくれ具合が、なんともいい感じなのだ。
上のように書いたのは、ぼんやりとした印象の記憶であって、この印象が具体的にどんな細部によってもたらされたのかということは、読んだのが十年以上前なのでほとんど忘れてしまっている。『巴里マカロンの謎』を読んでいて、「そう、この感じ、この感じ」と思い出して刺激されながらも、「ちょっと毒が弱め」とも思ったりして、改めてひさびさに「小市民シリーズ」を最初から読み直してみたいと思った(『春季限定いちごタルト事件』『夏季限定トロピカルパフェ事件』『秋季限定栗きんとん事件』)。それで本棚を引っかき回したのだが、読んでいたのは十年以上前だし、間に一回引っ越ししたこともあって、『秋季限定栗きんとん事件(下)』一冊しか見つからなかった。それ以外の三冊は買い直した。