2021-02-06

●おお、「文學界」で成田悠輔さんの連載が始まっている。第一回は、「測らない経済」というアイデアというか、コンセプトが示され、その具体的なイメージは次回以降に示されるということだけど、次がはやく読みたい。今後の展開が楽しみ。

《お金から解放されるにはまずお金が必要だという世界観の中に住むかぎり、私たちがお金から解放されることはない。薬物から解放されるためにはまず薬物で落ち着く必要があるという中毒者の泥沼そのものだからだ。》

《真に必要なのはBIや金ではない。稼げない人間、働けない人間でも何の引け目も感じずに生きられるような経済観と人生観への転換なのだ。》

《そもそも経済は測ることの支配だ。順位を付けられるものたち、数えられるものたちに注目し、交換や増殖などの変換を加えると経済が発生する。しかし、今日の世界を見渡せば、数えられるものは驚くほど少ない。というか、数えたり順位を付けたりして意味があると私たちがとことん思えるものはどんどん減っている。》

《歴史を振り返っても、測ることが廃棄されたことはほとんどない。かつて、経済が壊れているという感覚は「資本主義」や「市場原理主義」、「新自由主義」の問題だと語られていた。それに対置されたのが、「社会主義」や「共産主義」、そして微温的な「社会民主主義」だ。だが、そのいずれの主義も計測主義には手を触れなかった。人の労働を測ること(物象化)への嫌悪は示しても、小麦や布を測ることを停止しようとはついぞ考えなかった。あくまで数量を量り、値段をつけることは前提として、数量と値段の計算と配分をどう変革するかに腐心した。》

《測定こそ始原だというワナを逃れて、測らない経済は想像できないだろうか?》

(成田悠輔「未来の超克」第一回 測らない経済(序)より)