2022/04/05

●お知らせ。昨年の11月に上演された、Dr. Holiday Laboratory 第一回公演『うららかとルポルタージュ』の記録集に、「パンとパン屑(全体を想定しない全体)について」というテキストを書きました。

(下の目次の画像は、山本伊等さんのツイートをスクショしたものです。)

f:id:furuyatoshihiro:20220406183512p:plain

dr-holiday-lab.stores.jp

●『翔んだカップル』(相米慎二)をなんとなく観ていて、ぼくにとってこの作品は80年前後の記憶と深く結びつきすぎていて「作品」として観ることがなかなか難しいのだなと思った。

進学校に入学して地方から東京に出てきた薬師丸ひろ子鶴見辰吾が不動産屋の手違いで一緒に住むことになる、という設定。同居生活も一か月をすぎ、二人はそれなりに打ち解け、相手に対してなんとなく好意を抱くようになるが、いまひとつ素直になれない、という定番の展開。で、ある日曜日、二人はそれぞれ別の相手(尾美としのり石原真理子)と原宿でデートをするが、鉢合わせしてしまう。そしてその夜の二人。

まず夕食のシーン。ここでは二人はテレビを観ながら楽しげに食事をしている(二人はリビングとダイニングがつながっている空間のダイニング側にいる)。テレビからは「オールスター家族対抗歌合戦」の音が流れている。鶴見辰吾がテレビの歌に合わせて歌う。薬師丸が鶴見の歌を下手くそと言うが、仲良くじゃれている感じ。次に、さらに夜が更けた場面。鶴見辰吾が一人で(ダイニング側の)テレビを観ていて、テレビからは「唄子・啓助のおもろい夫婦」の音が流れている。そこへ、風呂上がりの薬師丸ひろ子が現われ、わざわざ鶴見辰吾が観ているのとは別のテレビ(リビング側にある)をつけて、同じ番組を観はじめる(鶴見はダイニングの椅子にいて、薬師丸はリビングのソファーに座るので、全然別の方向を見ている)。そこで薬師丸が「杉村さん(石原真理子)って美人ね」とか言い出して、昼間のデートのことで二人の空気がギスギスしはじめる。

何が言いたいのか。ここで、「オールスター家族対抗歌合戦」と「唄子・啓助のおもろい夫婦」の音が流れるだけで、もうものすごく「日曜日の夜」感が漂う。「家族対抗歌合戦」が夜8時からで、「おもろい夫婦」は確か11時からだったと思うのだが、この二つの番組を並べることで「日曜の夜が更けていく」感じがすごく出るのだ。観ているだけで、自分のまわりが「80年前後の日曜日の夜」の空気に染められていく。

(テレビ番組の記憶が、ある固有の時間の記憶---出来事の記憶というより、その空気や気配の記憶---と強く結びつくという感じは、これ以降はどんどん薄らいでいく。たんに、たまたま日曜に放送されていた番組だからというだけでなく、この二つの番組のトーンがいかにも「(当時の)日曜日の夜」的なものなのだ。)

これは、作品としての表現の強さというより、個人的な記憶とのシンクロにすぎないのだが、それがとても強く作用する。そういうところがこの映画には随所にある。