●入院した祖母のお見舞いにのため、実家に帰り、一泊する。夜、寝るのは、その入院した祖母がいつも寝ている部屋だった(実家には、ぼくの居る=寝るべき定まったスペースはないのだ)。実家を建て直してから十年、祖母はずっとこの部屋で過ごしていた。
建て直す前の家では、この場所(この位置)は客間のような部屋で、帰省した時、いつもそこで寝ていた。ぼくは十年ぶりにその位置で寝たのだった。
その部屋の庭へと繋がる戸を開けたところに、前の家では縁側があった。戸を開けてみると、縁側が再現されたかのように、台の上に板が渡されていた。狭い庭には、梅があり、柿があり、松があり、その他、名前も知らない様々な木が、ほとんど無秩序に植えられ、その隙間を埋めるように鉢植えがびっしり並んでいる。(梅の花が咲いている。柿に鳥がとまる。この梅は、おばあちゃんが田端から持ってきた小さな鉢植えを庭に植えたものだ、と父が言う。)この状態は、ぼくがものごころついた頃からかわらない。縁側の下には、海から勝手に砂を運んできてつくった砂場があったのだが、それは勿論もうない。この位置から庭を見渡すのは、ずいぶんと久しぶりなのだった。
あらためて見ると、部屋は、建て直す以前に「その位置」にあった部屋と、出入り口の位置も、戸や窓の位置も、収納の場所も、ほとんど同じだ。家のなかでは最も表の通りに近いところにある部屋で、庭の方ではない、もう一つの西向きの窓から通りがすぐ先に見える。生まれてはじめて一人で留守番した時、不安で、ずっとその窓から表を見ていたのを思いだした。(建物はもうないのに、「その窓」だけがまだある。)