●「攻殻」の新劇場版をもう一度観直して状況を整理してみた。以下、ネタバレしています。
(1)旧型の義体に合うように電脳化された脳をもつ人は、新しい規格でつくられる義体と接続できない(旧型で義体化した人はバージョンアップできないだけでなく、義体の規格が新しくなると、部品が壊れても交換できなくなる)、という状況があり、それがデッドエンドと呼ばれる。(2)義体の規格を新しいバージョンに変えることによって、義体ビジネスの市場規模を大幅に拡大したいと考える一派(ロバート東亜連合代表・イトー商務省次官)があり、(3)それに対し、技術革新を抑制して、現状の既得権を守りたいという一派(クルツ・首相・アマガタ・リチャード東亜連合大使)がいる。そこで、(2)と(3)とが激しく対立していて、(3)の立場にいる首相とクルツが、(2)の勢力により暗殺される。そして、(4)十年前に、(1)の事態を避けるための研究(古い電脳と新しい規格の義体を接続可能にする研究だと思われる)をしていた科学者夫婦が殺されるという事件があった。おそらくこれは、既得権を守りたい(3)の勢力によるものであろう。で、この、(4)の科学者夫婦の子供が草薙だと思われる。
それと並行して、(5)戦後、軍事や防衛の民営化がすすみ、国防省防衛庁へと格下げしようとする動きが政府にあり、そのような流れに対して反発する軍人たちの一派がいる。そして、軍人たちの多くは先の戦争のために全身を義体化しており、(1)の問題の当事者たちでもある。彼らには、自分たちが国家と資本主義に見捨てられた存在であるという思いが強くある。作品の冒頭に置かれる、東亜連合大使館への人質をとった立てこもり事件は、(5)の勢力によってなされた。だが、(5)の勢力の指導者と思われるナダは、国防省副大臣のキタハラとともに、元々は外務省条約審議部によって、(5)の勢力の解体のために送り込まれたスパイのような存在だったのに寝返った。
(6)「ファイアスタータ」と呼ばれる、他人の電脳に疑似記憶を植え付けたり、義体の遠隔操作を可能にしたりと、他人を自由にあやつることのできる電脳ウィルスがある。ナダもキタハラもこのウイルスによって操作されていた。そして、(6)を開発し、様々な勢力に売りつけているのは、草薙とまったく同じ姿をした(同型の義体を使う)、謎の女である。(6)をめぐっては、陸軍情報部、国防省、外務省条約審議部なども動いている。 というか、それぞれ、ウイルスを手に入れようと謎の女に近づいて、逆に利用されてしまっている(条約審議部は、目くらましで草薙本人を疑わされ、陸軍情報部は、スキャンダルをネタに情報収集艦を提供させられ、国防省は首相暗殺の手助けをさせられたりしている)。この謎の女は、(5)の勢力による立てこもり事件の時にも、(5)の内部にいて草薙たちの制圧に抵抗すると同時に、ウイルスで(5)の勢力を壊滅させもするなど、どちらにつくのか分からない両義的な動きをみせている。
(7)草薙の元上司であるクルツは、首相暗殺の巻き添えで死ぬ直前に、ある施設にあててメッセージを送っていた。その施設とは、草薙が育てられた、孤児を電脳化し、電脳スキルを教える施設であった。メッセージを受けたのは施設のクリスという少女だった。
(8)要するに彼女こそが(6)のウイルスの開発者であり、クルツや草薙もどきの謎の女など、複数の義体を同時に使い、複数の人格を演じていた事件の首謀者だった(クルツという人物ははじめからクリスの操り人形であり、存在しなかった)。クルツも草薙もどきもクリスが操作する人形だが、クルツは(3)の勢力に、草薙もどきは(2)の勢力に荷担しており、つまりクリスはどちらの勢力が勝っても自分の生き残る場所(影響力をもてる地位)を得られるように振る舞っていた。
(9)クリスは最終的に、草薙を殺し、草薙もどきを用いて草薙の位置につこうと考えていた(それは、クリスの意志であるというより、施設全体の意志であるようだ)。
(10)草薙もどき(=クリス)は、もとは(3)の勢力だった(501機関をも配下においた)ハリマダラ社、および(2)の勢力だった東亜連合を共にバックに置き、無尽蔵ともいえる資金力と軍事力をもつに至るが、草薙らの行動によって策略が暴かれる。正体を知られたクリスは、「この世界」で生き残ることをあきらめ、「第三世界」と呼ばれる、個の仕切りのない情報の世界へと移行することを決意する。既に多くの仲間たちがそこへ旅立っていて、むしろクリスにとってゴーストが集合化した「そこ」こそが真の望みであったかのようだ。
(施設のリーダーである神父のような男は、草薙とクリスは生き残るための二つの可能性だったと言う。0歳時から全身義体であり、成長とともに義体を取り替えつづけた草薙は、一つの強いゴーストにより複数の義体を貫き、どのような状況にも適応できる確固たる個となる。病のために義体化できないクリスは、遠隔操作により複数の義体を同時に操り、複数のゴーストを演じ分け、様々な位置にそれを振り分けることで、どのような状況になってもそのどれかは生き残ることができるようにする。)
●やはり、この物語があと一歩、説得力を増すために、デッドエンドという概念についてもうちょっと工夫する必要があったように思われる。たとえば「笑い男」事件では、電脳硬化症という病気に対して、あまり効かないマイクロマシンと、効くワクチンとがあって、厚生省が認可したのは効かないマイクロマシンの方で、しかし、政府の要人などの重要人物が病気になった場合は、こっそり効くワクチンの方を使っていた、という話になっている。ここには明らかな不正があり、電脳硬化症の一般の患者たちは見捨てられている。しかしこの不正は隠されており、表向きは治療に効果があることになっているし、ワクチンは使われていないことになっている。だからこそ笑い男はこの不正を暴こうとする。
でも、「新劇場版」でデッドエンドを引き起こしてしまう「規格の変化」は隠されてさえいない。お金のためという以外の理由は、嘘の理由ですら立てられていない。ここにはより強い、資本主義への批判が込められているのかもしれない(フジモト首相補佐官の言葉などにそれは現れている)し、テクノロジーの進化の速度があまりに速すぎることの比喩ということもあるかもしれない。でも、法律が支配する国のなかの話として、それをたんに政治的、経済的な力の抗争に還元してしまうのは、ちょっとリアルではないと感じてしまう。DVDが普及してVHSが観られなくなった、という話と、人間のゴーストの話は、簡単には一緒にはできないと思う。それが嘘だとしても、「規格の変化」を行わざるを得ないという、なにかしらの表向きの理由が物語に織り込まれる必要だったのではないかと感じた。