2024/07/10

⚫︎『新宿野戦病院』、二話を観た。

一話で複数の登場人物が小池栄子を「おばさん」と呼んでいたことに違和感を持ったという感想をいくつか見かけたが、二話で岡部たかしが「おっさん」と呼ばれていることに違和感を持った人はいないようだ。「おばさん」という語と「おじさん(おっさん)」という語は、対称的(対照的)ではないということだろう。ぼく自身も、最近では「おばさん」という語を使うことはほぼないが「おじさん」は頻杯に使う。それは自分がおじさんだからということでもない。中年男性が自虐を込めて自分を「おじさん」と呼ぶことには抵抗がないが、中年女性が自分を「おばさん」と称しているのをみると、あんまりそういう言葉は使わないほうがいいのになあと感じる。この違いはどこからくるのだろうか。

(そもそもドラマの中での使われ方が違う。一話の「おばさん」は、他者が小池栄子個人を指す代名詞として使われたが、二話の「おっさん」は、いわば「悪い中年男性」の総称として用いられ、そこに属する一人として、たまたまそこに岡部たかしがいる。小池は自分を「おばさん」とは称していないが、岡部には自分が「おじさん」に属するという自覚がある。)

語の意味はそれが使われる場面に依存する。語のフラットな意味において、中年女性を「おばさん」といい、中年男性を「おじさん」ということには何の問題もない。これはまず前提。

ただ、これらの語に揶揄的、否定的な意味が込められて使われる場合、そこに含まれる揶揄性に違いが生じることが多い。「おばさん」が揶揄的に使用されるとき、そこには性差別的、あるいはエイジズム的な意味が生じる。そういう場面において使用される傾向にある。しかし、「おじさん」が揶揄的に使用される時には、それは「自分の権力性や加害性に無自覚である・あるいは居直っている」男性に対する否定という場面であることが多い。つまり、「おばさん」は差別的に使用されることが多いが、「おじさん」は批判的・批評的・異議申し立て的に使用される傾向にある(ここには、社会における男女の権力差の存在がある)。だから、「おばさん」という語を使うことには躊躇があるが、「おじさん」はあまり躊躇なく使える。

とはいえ、これは、そのような「傾向がある」ということに過ぎない。繰り返すが、語の意味は場面に依存する。「おじさん」という語が、差別的・エイジズム的に使用されることも、実は少なくない。批判的・批評的に用いているかのように見せかけつつ(そのような衣を纏いつつ)、実はあからさまに差別的であるということも珍しくはない。

⚫︎二話で描かれる、歌舞伎町における「おっさん>若い女性>ホスト」という金の流れのピラミッドは間違っていると言える。最下層にあるのは「おっさん」ではなく「若い女性」だ。「若い女性」は「おっさん」から金で買われ(性的な搾取)、「ホスト」に貢がされる(金銭的な搾取)。これはピラミッドではなく、「おっさん」と「ホスト」が共謀して「若い女性」を搾取するサイクルを作っているというべきだろう。橋本愛は、このサイクルをハッキング的に利用して「おっさん→自分→若い女性(or外国人)」という、サイクルを断ち切る別の金の流れを作ろうとしている(おっさん→SM女王→NPO)。だから、橋本が「ホストに貢ぐ風俗女性」に対して言う「あなたはバカではない、明確な目標を持って、そのために自分のスペックを最大限利用して…」という言葉は、相手に語りかけているというより自己言及している。

⚫︎ドラマの終盤で、自死=飛び降りをしようとしていた風俗女性は、小池の説得により踏みとどまる。それに対して、彼女を搾取していたホストが、彼女の身代わりにでもなったかのように転落する。この、「風俗女性・自死・飛び降り」から「ホスト男性・事故・転落」への転換・変換は、このドラマでとても強い主張を持っているように思われる。風俗女性が飛び降りを踏みとどまる代わりに、ホストは、転落によりナンバーワンホストであることが可能な「容姿」を失う。ピラミッドの最上位から転落する。これは結構キツめの出来事だ。美容整形を施して、今後より一層、風俗女性からの搾取を強めようとしていたホストは、転落によりいわばマイナスの美容整形的な結果に至る。

ただし、この悲劇的な結果によって、風俗女性とホストとの「悪い関係」が一掃されたとも言える。風俗女性とホストとが、本当に心を通わせていたとしても、搾取サイクルという「悪い構造」の中ではそれはどこまで行っても搾取-被搾取関係でしかない。だが「悪い構造」がいったん壊れたことで、二人が今後「普通のカップル」として関係をやり直せるかもしれないという可能性が開かれる。

そうなるかどうかは二人次第として、その可能性を開いたのが、外科手術によって一命を取り留めさせた小池栄子だ。小池は、(血液の)滞った通路とは「別の通路」を作ることでホストを生かす。二人の関係にも別の通路が開かれるのか。

⚫︎橋本も小池も、それぞれ別のやり方で、搾取サイクルの中に「別の通路」を作ろうとしている。

⚫︎『新宿野戦病院』の診察室には、金髪の若い女性看護師の他にもう一人、イケメン風の若い男性看護師がいるみたいなのだが、ほぼ画面に映らなくて、何か問題があって編集でその存在を消そうとしているかのようにさえ見える。実は彼のセリフらしきものがいくつかあるのだが、声のみで姿が映らないので誰のセリフなのかよくわからない。「え、今のは誰のセリフ ? 」と思うことがあって、よくよく見てみてようやく「もう一人いる」ことに気づいた。公式ホームページを見てみると俳優の役名も写真も載っているので、意図的に存在を消そうとしているわけではないと思うが、しかしこんなにも登場人物の一人を隠し続ける演出があるのか。ホラーみたい。

(一つ気になったのが「港区女子」の描写があまりに紋切り型で薄っぺらだったこと。もしかしたら彼女たちにも外からは窺い知れない事情があるのかも、みたいな視点-細部がちらっとでもあったら随分違ったと思う。)

(トー横キッズの二人組、「むりー」の後に「やむー」を被せてくるのが最高。「干支は ?」「ねこー」「うにー」も最高。 )

(一話のオチが「住めばミヤコ蝶々」で、二話のオチが「ふりかけ=売り掛け」。この強引なダジャレ押しも小池栄子がカタコトだからこそ成り立つ。)