2024-08-14

⚫︎『新宿野戦病院』、7話。今回は普通にいい話だった。それは、否定はしないが(決して悪いものではないと思うが)、「普通にいい話」の域を出るものではなかったかなあ、ということだ。「いい話」の方に傾くと、コメディとしてのキレは鈍くなるなあ、と(仲野太賀の一人喋りとパフォーマンスに頼り過ぎで、フォーメーション的なものが弱かった)。観ながらずっと泣いてはいたが、この作品にかんしては、いい話でじんわり感動するくらいでは納得しない。

(男性・塚地武雅が、女性・塚地武雅の「本性」なのではなく(「母の息子」役でもなく)、「父の代理」の姿であったという捻りは、さすがだとは思った。彼女はいわば、「父」によって多重に無理を強いられている。母との関係の中で塚地は、自分を否定した父の姿を、自分で再現しなければならない状況に追いやられる。このような、「父」によって強いられる二重苦(否定そのものと、自分を否定した「父」の代理を強いられること)を、塚地のいい人キャラによって「いい話」に吸収してしまうのはどうなのかと思う。母によって、母の目を通して、自分と父とが重ね合わされてしまうことの苦痛を、(母との愛着関係の中で)彼女は飲み込まなくてはならないのだ。このアンビバレントな感覚は、「家族」という複雑にねじくれた関係のありようをよく表現していると思う。)

(萬田久子沢口靖子に変わっているというところは笑ったが、これも超ドメスティックなギャグだ。)