⚫︎「現代思想」を買ったのは何年ぶりだろう。
⚫︎冒頭の対談、「数万年先の人類と私たちをつなぐもの」(吉良貴之・丸山善宏)を読んだ。「長期主義」とか「効果的利他主義」とかいう言葉が、どのようなフレームで問題となっているかがざっくりと分かる、よくまとまった感じの対談だった。二人の立場が微妙に対立しているもの、話が立体的に見えてくるのに寄与している。
⚫︎以下、メモ的引用。長期主義とは ?
《まずマッカスキル自身は長期主義を「長期的な未来にプラスの影響を及ぼすことは現代の主な道徳的優先事項の一つである」(一頁)という考え方だと定義しています。ただペーパーバック版を刊行する際に、「未来世代の利益を守るために、私たちのすべきことは今よりずっとたくさんある」(一頁)とやや弱める形で別の定義を出しています。「優先」事項というと規範的に強い主張になりますが、それが抜けて、あくまで多くの考慮事項のうちの一つとして、数千、数万年といった長期的な未来を考えようということです。》(吉良)
《長期主義の議論の特徴として、人類の絶滅リスクは無視できないくらいあるということを強調します。(…)マッカスキルの本では絶滅リスクとしてパンデミックや核戦争、石油資源の枯渇といったいろいろな例が出されています。他方、マッカスキルの同士であるトビー・オードは、一〇〇年以内に二〇%という具体的な数字まで出しています。》(吉良)
⚫︎未来への影響
《普通に考えると、僕たちが何かをしたことの影響は、時間が経てば経つほど薄れていき、十分先の未来ではゼロに近づくと考えられます。》(丸山)
《マッカスキルは、(…)人類の歴史上、いまを生きるわれわれは最も将来に影響を与えやすい、最も力を持っている世代だとしています。過去の世代は力がなかったし、将来世代はわれわれ次第で無力になってしまう。》(吉良)
⚫︎功利主義と危うさ
《長期主義が新しいのは、どのように未来の人を大切にしていくのかというところで、非常に特殊で危険なアプローチをとることです。そしてそれが功利主義的なアプローチです。(…)寄付をするときは、例えば「犬が好きだから犬の慈善団体に寄付をしよう」というように、感情的な動機に基づいて行われることが多いかもしれませんが、マッカスキルらはそうではなく、効用を功利主義的に計算して、それに従って寄付活動を行うことで行為のインパクトを最大化するべきだと主張します。いま起きているちょっとした問題に寄付するよりも、未来に人類が絶滅するリスクを下げるための活動に寄付したほうが、ある種の功利主義的な計算によればずっと効率的だというように主張を展開しています。人類の歴史の中でほんの一瞬に過ぎない現在や過去の人々に比べて、アストロノミカル(天文学的)に長く続く未来の人々の方がより多くの効用を生むポテンシャルがあるとマッカスキルらは考えるからです。この辺は長期主義の非自明な点で、逆に言えば論理的に批判可能な点だとも思います。》(丸山)
《功利主義というのは全体的に効用を増やすなら局所的には差別をも肯定する思想で危うい面があります。》(丸山)
⚫︎マッカスキルの議論の特異性と問題点。
《マッカスキルの議論は確かに、功利主義の伝統に立っています。ただ、いわゆる強い長期主義において現在の人々よりも長期的な未来のほうが優先されるというとき、この「優先」というのは功利主義から直接は出てきません。功利主義の人間観からすると、現在の人々でも未来の人々でも、実在する限りは効用を感じる主体として平等です。にもかかわらず未来が優先されるとすれば、未来はかなり長期にわたって続いていくため。人数の問題でそのようにいわれているのだと思います。》(吉良)
《マッカスキルの議論の面白い点として、個人をあまり見ておらず、人類全体を一つの主体として見ているようなところがあります。この一時点に存在する人類だけでなく、人類の始まりから終わりまでずっと、全てが人類という主体としてあると考えているようです。もちろん、人以外の動物まで含めて、有感的な存在すべてが始まりから終わりまで一つの主体なのだという主張に至るポテンシャルがあります。》(吉良)
《僕たちは自分と他人という区別があって世界を生きているのに、人類全部で一つの主体だと考えてしまうのが、そもそも不自然ではありませんか。マッカスキルが採用すると言っている総量功利主義というのは、全体の総和しか考えない思想です。ある人がとても不幸でも、その人の不幸をいわば利用して、さらにもっと幸福な人がいるのであればそれでいいということになります。》(丸山)
《マッカスキルとしては、生まれてくる以上は効用はプラスになるという想定がありますが、いわゆる「厭わしき結論」問題があります。ある程度の人口がそれなりにまともな生活ができているよりも、より多くがなんとか生きているような状態のほうが総効用が大きいということになるが、それはどうなのかという議論です。》(吉良)
⚫︎世代間互恵関係。
《未来の方がプライオリティが高いということは、いま生きている僕たちはプライオリティが低い、どうでもいいと言われているのと同じことで、それは悲しい話ですよね。》(丸山)
《本気で長期主義を採用し、現在の人々のモチベーションを保ちつつ人類のサステナビリティを考えていくには、ほとんど世代間平等主義に至るシナリオを描かないと実現可能性がないのではないかと思います。遠い未来のへの配慮は、例えばイノベーションを促進するといった意味で現在の私たちの利益にもなるといったことです。長期主義者ではありませんが、サミュエル・シェフラー『死と後世』(…)など、世代間互恵関係が「実は」あるんだと強調する議論が最近は目立っています。》(吉良)
⚫︎不確実性下では「選択と集中」よりも「多様性重視(=ばらまき)」の方がリスクが下気られる。効果的利他主義と(平等主義的な)長期主義の違い。
《平等主義は、みんなが少ししか幸福でないとか、あるいはみんなが不幸であっても、平等に一様にそうなっているのであればそれで問題ないとする立場です。例えばいまの世代が未来に起きるような大きなイノベーションのための投資を渋って、いまの時間を楽しむために投資すべきものを消費してしまったら、イノベーションが生まれなくなって、結局全体の効用が下がる。》(丸山)
《私は長期主義の要点は不確実性下の意思決定の道徳を問うところだと思います。効果的利他主義だとひとまず計算可能な領域で議論するので、ここに寄与するのが効果的なのでそうすべきだということを言いやすいかもしれません。しかしマッカスキルの長期主義の議論の柱となっているのは、長期的な未来では不確実性があるので、そこでの意思決定をどれだけ道徳的なものにすべきかという点です。》(吉良)
《ですので、「選択と集中」のような主張への批判でもよく言われることですが、将来的に何が良いかはわからない。そんな時に最適な意思決定戦略は、広くばらまくことなんですね。長期主義では、未来の人々のチャンスを奪うようなことがあってはならない、可能性をできるだけ広く取っておこうと強調されるので、極端な集中戦略は支持されにくくなるでしょう。ですので長期主義には、不確実性の対処としては平等な分配戦略というのが言いやすいということになると思います。》(吉良)
《チャンスを最大化することが結果的に平等な分配に近づいていくということです。つまり、平等にばらまいておいたほうが人間それぞれの潜在能力を発揮しやすくなって、どこかからイノベーションが起こる可能性を広く残しておけるという発想です。》(吉良)
⚫︎短期的な知、長期的な知。
《最近はしばらくAIが流行っていて、僕も内閣府のムーンショット計画などでAIロボットの研究開発に携わっているのですが、五年経つと使われるモデルや有効な技術は、かなり変わります。いま大きなインパクトを生む技術が、五年後にはもうインパクトゼロになることもあります。数学も普通の工学に比べたらあまり役に立たないと考えられているところがあると思いますが、長期主義的に人類の未来全体に対して生み出される効用の総和を考えると、数学や哲学のような経年劣化しない知識のほうが、効用の総和は大きくなるでしょう。だから短期的に大きな花火を打ち上げるような工学的な技術よりも、功利主義的には価値が高いということになります。》(丸山)
⚫︎世代間正義、保守とリベラル。
《たとえば日本の場合、将来世代に責任があるという話は保守の側からなされやすい。それに対して左派やリベラルな側は「まさに現在、困っている人たちがいるのだから社会保障を分厚くしましょう」という現在中心主義的な主張をする傾向があります。「世代論」は徹底的に忌み嫌われていますね。かつての左派は未来に向けた技術発展への楽天性がありましたが、現在ではほとんどなくなっているように思います。》(吉良)
《社会契約論をリベラルの思想的源泉と考えると理解しやすいのかもしれません。社会契約は現在の私たちが国家を設立させるために意思決定する物語です。過去から続いてきたありがたいものを未来に残していこうというのは、ジョン・ロックが批判した王権神受説のように、克服されるべきものの側に押しやられます。時間的なしがらみを現在の意思決定によって断ち切るというのが社会契約の発想だったわけです。ですので、社会契約論はもともと世代間正義と相性が良くないんですよね。》(吉良)
⚫︎投票の重みづけ。
《長期主義的な観点からいうと、若者のほうが未来を長く生きるので未来へのインパクトにより大きく関わっています。だから若者の一票にもっと強い価値を与えるような、重み付けされた選挙制度のようなものがあれば、若者の権利がより守られるようになります。》(丸山)
《投票の問題に戻ると、なぜ若者の票に重みづけをしないのかということには、また別の議論もあります。若者はこれからの人生が長いのだから、政治に対して影響を及ぼす機会があるはずで、むしろ低くてもいいのではないかという極端な議論もあったりします。》(吉良)
⚫︎まとめ的な…。
《皆さんは近くのことしか見ていないのではないですか、と問いかけるのは重要なことです。でもそういうお説教レベルだけではなく、不確実性に対処するにはできるだけチャンスを残しておくのがより実行的だということです。先ほどマッカスキルの人間像はかなりのっぺりしていると言いましたが、現実の人間は当然ながら多様です。子どもをたくさん残したい人もいれば、トランスヒューマンな主体を増やしたい人もいるでしょう。チャンスが広く残るような社会制度を作ることで、結果的には多様な、それほど極端なことにならない落とし所を作ろうとしているように思います。》(吉良)