市内にある、数年前に温泉を掘り当てた業者のつくった施設の風呂場は、いわゆる「健康ランド」のような施設の風呂場よりはずっと狭くて、扉を開くともうもうと立ち上る湯気で、平日の昼前でまばらにしかいない客の姿が、ごそごそと動くおぼろげな影のようにしか見えない。洗い場で身体を流してから赤錆で染まったような色の湯船に浸かる。最初は湯気でよく見えなかったのだが、この大して広くもない風呂場には、ごつごつとした太った子供くらいの石の塊がいくつも設置してあり、狭苦しくて邪魔だなあと思ったのだが、それは七福神の石像だった。ちょうどぼくが浸かっている目の前にあるのはエビス様の像で、その後ろには人が通れるくらいの空間を隔てて、洗い場と風呂とを仕切る衝立のような壁が立っている。(エビス像と衝立の間の空間を、湯気で霞んだ人影がゆっくりと通り過ぎる。)外は雲って小雨も降っていたはずだが、急に日が出たらしく、風呂場の天窓からサーッと光が射し込み、もうもうと立ち上る湯気を乳白色に浮かび上がらせて、衝立にあたって反射し、その壁一面を明るく輝かせる。湯気で被われた風呂場でそこだけ眩しいほどに光のあたったタイル張りの壁面との対比で、その手前の、ほとんどぼくと向き合うように設置してあるエビス像が黒々とした不気味なシルエットのように沈み込むのだった。この風呂場は音を吸収するつくりになっているのか、カラーンとかいうエコーの効いた音は響かず、ただぶくぶくと泡を吹き上げる音と水が流れる音で満たされている。