08/04/18

●昨日の夕方、わりと近くに住んでいるという、偽日記を読んでます、という若い学生の方とお会いして、少し話をした。いろんな話をしたのだけど、ぼくにとって特に印象深かったのは小島信夫の話で、その方は小島信夫がすごく好きだという人で、特に『別れる理由』が圧倒的にヤバくて凄いとのことだった。『寓話』や『菅野満子の手紙』になると多少マイルドになるけど、『別れる理由』はヤバさや不穏さが全開で、特に三巻目の後半は尋常ではない、ということを熱く語るのを傍らで聞いているうちに、これはぼくも『別れる理由』をちゃんと通して最後まで読まないといけない、いや、読みたくて仕方がない、という気持ちになってきた。(その人が言うには、四人しか入れない部屋に四千人詰め込んだら部屋が壊れた、みたいな小説だ、と。)
ぼくは長い小説を読むのがかなり苦手で(というか、本を読むこと自体が苦手なのだと最近つくづく思うのだが、特に小説は全身で持っていかれる感じなので、そこに長く留まるのはかなりキツい)、カフカの『城』やベケットの『モロイ』くらいがギリギリ精一杯みたいな感じで、トルストイとか本屋で手に取ってパラパラするだけで途方に暮れてしまうし(トーマス・マンだったらいけそうな感じ、読んでないけど)、大西巨人とかプルーストとかムージルとか、本が並んでいるのをみただけで気後れしてしまう。小島信夫も『寓話』はなんとか最後まで辿り着けたけど、『別れる理由』は手を出すのに躊躇する感じだった。要するに長距離を走る体力がない、あるいは、長い距離を走る走り方が分かっていない、ということなのだけど、特に小島信夫は、大して長くない『抱擁家族』を読み通すのに、どれだけ苦労したか(これは、面白くないということではなく、あまりにも濃いので)ということを考えると、「三巻目の後半」まで本当に辿り着けるのかは、とても心もとないのだが。
ともあれ、そのためには本を手に入れるところからはじめなくてはいけない。ウェブの日本の古本屋で検索すると、三冊揃いで一万二千円から一万五千円くらいだ。先週、二万円分もラカンセミネールを買ってしまったばかりなので.....。
●そんなことを言いつつも、今日も本を衝動買いしてしまった。『メタ構想力---ヴィーコマルクスアーレント』(木前利秋)という本で、著者についても、扱われている内容についても何も知らないのだが、書店でなんとなく手に取って、「あとがき」に惹かれて買ってしまう。まだ第一部の第一章をさらっと読んだだけだが、期待がもてそうな感じ。以下、あとがきの引用。
《ひとはよく、いまここにはいない他人が何をどう思い何をなぜ考えているのか、あれこれ推測したり思案したりする。他人の身になって考える、相手の立場に立って想像するなどという。カントも「すべての他者の身になって考えること」を「視野の広い思考様式」だと言った。すべての他者には当然ながら現にここにはいない不在の他者も含まれる。簡単に言えばこうした他人が考えていることについて自分が考えてみること、表象の表象、広い意味での他者の構想力にかんする自己の構想力、メタレベルにおかれた構想力というべきものが主題としたモティーフである。》
昨日お会いした人ともちょっとだけ話したのだが、小島信夫のひたすら長くなってゆく時期の小説を貫いている関心も、このようなところにあるのではないだろうか。
●本屋で「美術手帖」をみかけたのだが、付録が紐で括り付けてあるのために立ち読みができないようになっていた。1800円もする雑誌を、中味を見ないで買うことはなかなかないんじゃないだろうか。